第10章 2話「巡回の帰りに」


 新橋の裏路地。

 あまり陽も入らないような小路を行く聖十郎と桑名江。


 このあたりは、過去にも禍憑が目撃され、また禍魂も発生しやすいことから、重点的に巡回する地区となっていた。


 周囲の禍魂の気配に気を配りながら桑名江が先行する。


「ふぅ。このあたり禍魂の気配はありません」


「そうか。よかった。なら次の地区に移動しよう」


 そう言うと一度大通りに向かう。

 巫剣を連れての巡回任務。その主な仕事はいち早く禍魂を見つけて祓うことにあった。禍憑になる前の禍魂であれば、祓い易く、また被害もほとんど出すことはない。


 ただ禍魂は聖十郎の目には見えず、感じることもできないため、禍魂の感知は同行の巫剣の仕事となる。その間聖十郎は街中に不審なものはないかの確認を行いつつ、こうしていくつもの地区を巡回する。




 そうしていくつかの地区を見て回った帰り。


「ん? このあたりは……?」


「どうかなさいましたか?」


「いや、以前、このあたりに牛王の往診で来たことがあってな」


「ああ。そうなんですね。牛王さん、ご年配や足の悪い患者さんのために非番の日も往診に使っていますからね」


 合点がいったのか頷く桑名江。


「じゃぁ、今日も?」


「はい。朝早くに出かけていきましたよ」


「そうか」


「朝早くと言えば、城和泉さんも今朝は早くから大忙しでしたね」


「早くから? 何か用事でもあったんだろうか?」


 自分の知らない情報に怪訝な顔をする聖十郎。


「いえ。大広間の修理をして以来、店の痛んだ箇所なども見てくれているんです」


「そうなのか」


「普段は八宵さんやかんなぎりさんに見ていただくのですが、今鉋切さんは京都支部に行かれてますし、八宵さんも天目さんといろいろされているようで、忙しいですからね」


「なるほどな……」


 城和泉の意外な変化に感心しつつ、歩を進める二人。




 時刻は夕刻。

 ちょうど神田の交差点に差し掛かったときだった。


 夕飯の買い物客でごった返す通りに面した路地から、二人の男が顔を出した。



 一人は背広姿の眼鏡をかけた小太りの男。


「お忙しいところすみません」


 そう声をかけてくる。

 男の抜け目ない視線に警戒する聖十郎。しかしすぐに警戒を解く。


 聖十郎にはその男の身のこなしが、軍人や相応の訓練を受けたものでないことが一目でわかったからだ。


「どうされました?」


 返事を返す。


「私ども、こう言うものでして」


 もう一人。小太りの男の横に立つ痩せた背の高い男が、内ポケットから一枚の紙片を取り出した。


「名刺……?」


 突然のことに思わず受け取る聖十郎。

 飾り気のない白い紙片。そこには――


『記者 種本たねもと嗣男つぐお


 と書かれていた。



 紙片を確認し、再び二人の男に視線を戻す。


「新聞社の方でしょうか?」


 率直な疑問を口にする。

 すると小太りの男が、柔和な笑みを浮かべたままそれを否定する。


「いえ。会社には属していないんです。個人で活動していると言いますか」


「はぁ……」


 男の要領を得ない回答に困惑する聖十郎。


「それでですね、今回お伺いしたのは――」


 刹那、桑名江に緊張が走ったのが聖十郎にも分かった。


 周囲を視線でのみ確認し、素早く聖十郎の横に立つ桑名江。

 その動きに呼応するように聖十郎にも緊張が走る。


「どうされました?」


 二人の急な変化に驚いたのか、痩せた背の高い男が聞く。

 小太りの男は二人の様子に気づいた様子もなく柔和な笑みを浮かべたままだ。


 側に立つ桑名江が、聖十郎にだけ聞こえるよう小声で鋭く呟く。


「禍魂の気配です」



 買い物客でごった返す通り。

 ここで桑名江が力を使うわけにはいかない。


 おそらくまだ場所が特定出来ないのだろう。桑名江はあたりの様子を伺っている。


「すみません。少し急ぎますので。後日――」


 聖十郎がそう言おうとした瞬間、小太りの男が口を開く。


「御華見衆のお二人に、聞きたいことがありまして」


 思わず、小太りの男に視線を向ける聖十郎。


「あれ? 違いましたかな? 御華見衆で間違いないですよね? そしてそちらのきれいなお嬢さんは巫剣」


 小太りの男が続ける。


「名前までは分かりませんが、禍憑を祓うのがお仕事だと伺っております」


 途端、聖十郎の表情が険しくなる。


「お前たち、何者だ」


 低く、しかしはっきりとした声で確認する。


 その一言はひどく力のあるものだった。日々の鍛錬をおこたらず剣の腕を磨き続けた男が発する、怒気にも似た威圧。普通の人間であればそれだけで萎縮してしまうような迫力を孕んでいた。

 しかし、小太りの男は眉ひとつ動かさず柔和な笑みを浮かべたまま聞き返す。


「おや? 人違いでしたかな? この時間はここを巡回していると聞いたのですが……」


「っ!?」


 その言葉で全てを理解する聖十郎。

 聞きかじりの情報ではない。


 本部の情報統制が行き渡らず偶然『その言葉』を知ったわけでもない。確実に御華見衆の存在、巫剣の存在、禍憑の存在を理解して聞いてきている。

 男の様子、言葉からそれがありありと伝わってきた。


「実はですね――」


 小太りの男が続ける。


「最近、この東京市で人間が禍憑になる事件が起きていると知ったんですよ。いろいろと裏もとってみたのですが、どうやら間違いではない。そこで実際のところを当事者であるお二人に伺えればなと思いまして」


 つらつらと言葉を連ねる小太りの男。


「あ、いえいえ、全てを記事にするつもりはないんです。ただ、人が禍憑化し、そうなったが最後、そちらのお嬢さんに殺されるしかないわけですよね? これは市民の命にも関わりますから。そのあたりはしっかりと記事にしませんと――」


 柔和な笑みを崩さず話しつづける小太りの男の言葉を、桑名江が遮る。


「主様、その二人ですっ!!」


 記者二人をにらみつける桑名江。


「その二人から禍魂の気配がします」


「ふ、ふふふ」


 痩せた男が我慢できなかったとばかりに笑いをこぼす。


「ようやくか。もっと早くに気づいているものだと思ったが。ははは」


 そして再び笑う。

 小太りの男からも柔和な笑みは消え、まるで聖十郎と桑名江を嘲るような笑みを見せる。


 刀に手をかける聖十郎。


「おっと、止めてくださいよ? これだけ人がいるんですから、何かあれば大騒ぎです」


「刀から手を離せ」


 痩せた男が続ける。


「なに、ほんの数分の立ち話で終わりますから」


 言うが早いが、話を続ける小太りの男。


「我々とある組織に属しておりまして。もうご推察されているとは思いますが、迦具土命かぐつちと言う名に聞き覚えはありますよね?」


 男二人をにらみつける聖十郎。

 しかし、そんな視線などお構いなしに言葉を続ける。


「今回は、挨拶みたいなものなんですよ。これから我々が本格的に動くにあたり、迦具土命が何を目標としているのかを、是非知っていただければと思っておりまして」


 そう言って、ニタリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る