第9章 3話「指令と副司令」


 次の日。

 聖十郎は小烏丸を伴い、御華見衆の本部に来ていた。


 かねてより懸念となっていた聖十郎の中に巣くったミヅチの件、そして現状の御華見衆の状態を話し合うためだった。


 執務室に通される一行。

 そこでは、副司令である丙子椒林剣が各部署から届く書類を忙しそうに処理していた。


「副司令、お忙しいところ申し訳ありません」


 聖十郎の声に振り向くと、いつもと同じように柔らかな笑みを見せる丙子椒林剣。


「あら、隊長さん。ようこそいらっしゃいました~」


 しかし、その声色には疲労の色が見て取れる。


「副司令、その、お疲れでは――」


 聖十郎の言葉を遮り丙子椒林剣が続ける。


「書類の山でびっくりしましたか~? でも、大丈夫ですよ~。今お茶を出しますね~」


 そう言うと聖十郎たちに椅子を勧める。


「のう、椒林。七星剣はまだ……」


 椅子に腰掛けつつ、小烏丸が口を開く。


「はい。結界の修復にかかりきりですね」


 先のミヅチとの戦いで失われた結界。

 御華見衆指令である七星剣の力で維持されてきたそれを再構築するため、彼女は儀式にかかりきりになっており、また各地に存在する結界の要となる祠の修復のため、天下五剣は日本各地に散っていた。


「今日はそのあたりの共有もできればと~」


 


「なるほどのう……」


 丙子椒林剣から現状の説明を受けた一行。

 小烏丸が深いため息を漏らす。


「ある程度予想はしておったがここまでとは……」


「結界のことは最高機密ですからね~」


 丙子椒林剣から語られた結界の現状、それは一切の余談を許さないという現実を聖十郎たちに突きつけた。


 七星剣が修復に当たっているが、機能を取り戻すには数年を要する。或いはそれ以上とも。そのため各地の霊脈の乱れなどの感知が行えず、結果として禍憑出現を以前のように抑えるのも難しいというものだった。


「では、めいじ館の巫剣たちは、まだしばらくは各支部に……」


「そうなりますね~」


 聖十郎の言葉に答える丙子椒林剣。


「ただ、それ以外にも気になることがありまして~」


「なんじゃ? 椒林」


「どうも、わたくしたちの存在を明るみに出そうという動きが活発になって来ているようなんですよ~」


「うむ。軍務局の支倉少佐殿もそんなことを懸念しておったのう」


「そういえば以前、小烏丸ちゃんは軍務局の支倉少佐と会談を持ったんでしたね~」


「その場でも似たような話が出てな」



 ――禍憑が出現すれば、皆さんは戦いに出るしかない。

 禍憑を自在に作り出せれば、出現を自在に操れるということに他なりません。

 そうなれば、皆さんの存在は早晩世間に知れ渡ることになるでしょうね。

 強大な“力”を持った存在として――



「それは困りましたねぇ。一応まだ水際で防げてはいるのですが~」


 困ったとは言うが、その表情は柔らかなままで聖十郎には真意が読めない。


「それと、支倉少佐から軍の傘下に入らないかという話も……」


 以前、支倉から御華見衆の現状を鑑み、一時的にも軍の傘下に入らないかという打診があった。それは巫剣が『人殺しの道具』や『戦争の道具』などとして世に認知され、混乱を呼ぶことを防ぐためでもあった。


「はい。小烏丸ちゃんからも聞きました。断ってくれたんですよね? さすがめいじ館の隊長さんです~」


「いえ、小烏丸と、それに巫剣たちの思いを尊重しただけで……」


「そういうところが大事なんですよ~。その少し変わっているところが」


「変わっている、ですか?」


 丙子椒林剣の思いもかけない一言に、面食らう聖十郎。



 銘治の世になってすぐ、巫剣たちは自ら『百華の誓い』という誓約をたてた。

 それは、今まで人に仕え武器として己の力を使ってきた巫剣たちが、その力を封じ、禍憑にのみ向けるというものだ。


 ――自らを武器として振るうことを禁ず


 この短い一文が銘治の世からの巫剣のあり方を明確に変えた。


 戦争に参ぜず、ただ禍憑のみを祓い、人の世を守る。

 そうして生きることを定めたのだ。


 軍の傘下に入ると言うことは、指揮系統が軍に属すると言うこと。再び武器としての生が始まる危険性を孕んでいた。

 現状を鑑みれば軍の傘下に入ることが最も上策と思える。しかし、小烏丸、そして聖十郎が支倉龍臣からの申し出を固辞したのは、ひとえにこの誓いを守るためでもあった。


「言うたであろう? おかしな男じゃと」


 小烏丸が、さも楽しげに聖十郎を見る。



 ――おぬしは、やはり変わっておるのう。

 組織の現状を論理的に判断したのではなく、わらわたちのことを見て決めたわけか。

 まったく、おかしな男じゃ――



 それは、以前、支倉からの申し出を断ったその帰り道、小烏丸から発せられた言葉だった。


「まぁ、椒林。そういうわけじゃ。すまんな、こちらで勝手に進めてしまって」


「構いませんよ~。それに今後状況がどう動くかは分かりませんし、その時々でまた考えていけばいいんです」


「そうじゃの」


 組織に関わる重大な決定。にも関わらずこんなにも短いやり取りで澄んでしまう。

 そこには、人の生とは比べるべくもない長い時間を共に過ごしてきた、そんな者たちだからこそ持ち得る信頼感があった。



「ところで、椒林。もう一つの方じゃが……」


「隊長さんの中にいるミヅチの件ですね」


「うむ」


 これが本題とばかりに頷く小烏丸。


「すみません。御華見衆がたいへんな時に……」


 聖十郎が頭を下げる。


「何言ってるんですか。隊長さんの問題はわたくしたちの問題ですよ~」


「しかし……」


 御華見衆の現状を知っているからこそ、自身のことで迷惑はかけたくない。自分の問題である以上解決するなら自分自身で。そう言いかけた聖十郎の言葉を小烏丸が遮る。


「おぬし、まさか自分の問題だからと、一人で抱え込むつもりではあるまいな?」


 聖十郎の考えを見透かしたような言葉に、次の句が続かなかった。

 その様子を見て小烏丸が続ける。


「陸軍からの誘いを断ったとき、おぬしは何を見て答えを出した?」


「そうですね~」


 丙子椒林剣も同意する。


「おぬしの問題は、わらわたちの問題。共に考える。それが当たり前のことじゃ」

 そう言うと小烏丸は、また丙子椒林剣の方に向き直った。



 そこからは小烏丸が聖十郎の状態を話し始めた。

 先日の天羽々斬による診察の結果。その内容を伝える小烏丸。


「そうですか。天羽々斬様は、現状は問題ないと……」


 安堵のため息を漏らす丙子椒林剣。


「なら、手の打ちようもあるかも知れませんね~」


「そうじゃの。悪いが七星剣のやつにも共有しておいてくれぬか」


「当然ですよ~。こちらでもできる限り調べてみますね」


 聖十郎の中に巣くったミヅチ。

 人である彼には禍憑への対抗手段がない。それ故、巫剣に任せきりになる現状に歯がゆい思いをしながらも、嫌な顔一つせず対策を講じると言ってくれた二人に安堵を覚える聖十郎。


「ありがとうございます」


 そう丙子椒林剣に言ったが早いか、小烏丸が言を継いだ。


「さて、伝えることは伝えたし、そろそろ帰るかの」


 そう言って立ち上がる小烏丸。


「忙しいところ悪いが、今の話、七星剣にも伝えておいてくれ」


 そう、丙子椒林剣に告げる。


「分かってますよ~。今日来ることもちゃんと伝えてありますから。隊長さんに会えなくて残念がってました~」


「か、からかわないでください!」


 突然水を向けられ慌てる聖十郎。

 その姿をおかしそうに見ながら、小烏丸が話す。


「では、また近いうちに来る」


「はい。帰りも気をつけてくださいね~」


 丙子椒林剣の言葉を背に、聖十郎と小烏丸は本部を後にした。





 結界の修復。それは七星剣にとってもかなりの労力を必要とするものだ。


 普段から結界の維持に自身の力の大半を注いでいる彼女にとって、この結界は自身そのものと言っても過言ではない。


 御華見衆本部と日本全国に散らばった祠を起点に複雑に巡らされた術式。それらを再度編み直していく作業は、彼女の巫魂を疲弊させていた。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息を深呼吸で整える七星剣。

 結界の起点が設けられた御華見衆本部の最奥。この場所にもうどれくらいいるだろうか。


「今日は小僧が来る日だったな。もう来ているだろうか……。この作業がなければ私も……」


 言いかけてハッとする。


「私は何を言っているのだ。対応は椒林がするはず。私は一刻も早く結界を戻さねば……」


 そう言って、再び作業に戻る七星剣。




 そこに丙子椒林剣がやってくる。


「少し、休憩したらどうですか?」


 その優しい声に一瞬気を緩めそうになるが、自分を律して答える。


「何を言う。私がここで手を止めたら、それだけ禍憑に隙を与えることになる」


「それはそうですが……」


 心配げな丙子椒林剣。


「それよりも椒林。小僧との話は終わったのか?」


「ええ。隊長さんはついさっき帰られました」


「そうか……」


「陸軍から御華見衆を傘下に入れたいという話。向こうにもあったようですよ」


「だろうな」


 七星剣の表情が一瞬険しくなる。


「隊長さんと小烏丸ちゃんが断ってくれたようですが……」


「うむ。しかし、結界がこれではな……」


「やはり難しいですか……?」


「できなくはない。……が、時間はかかる。今言えるのはそれだけだ」


「そうですか……」


 不安げな丙子椒林剣。


「なぁ、椒林――」


「分かっています」


 七星剣が全てを話す前に察する。


「状況を見て、最良の選択をしていかないといけませんからね~」


 丙子椒林剣は、いつもの顔に戻るとにこやかにそう答えた。


「任せてしまって、すまない」


「いいですよ。昔からこの手の仕事はわたくしの領分ですから~」


 そう言って優しく笑う。


「ではもう行きますね~」


「ああ」


「あまり無理はしちゃだめですよ~」


 そう言うと部屋を出て行く丙子椒林剣。



 憔悴した七星剣の姿。それを振り切るように、彼女は自身の執務室に向かう。

 木造の廊下に、靴音だけが響いていた。



 << 第10章へ続く >>

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