第8章 3話「琉球からの……」

 巫剣の生活するめいじ館は、銘治では珍しい西洋の建築様式を取り入れたモダンな建物だ。その敷地内にめいじ館とは似ても似つかない和風の離れがある。


 巫剣使いである聖十郎の住まいだ。

 その外に面した木戸の向こうから呼びかける声があった。


あるじ、いる?」


 まだあどけなさの残る声色の中にも凜とした意志を感じさせる、それはじょう和泉いずみ正宗まさむねの声だった。


「ああ。入って構わないぞ」


 七香と八宵からもたらされた報告書に目を向けたまま、聖十郎が答える。



「うわっ、すごい量ね」


 入って早々、報告書に埋もれた聖十郎の部屋に驚く城和泉。


「ああ。各地からの活動報告の第一報でな。みんな善戦してくれているようだ」


「そう。それは何よりだけだけど……。もしかしてこれ全部目を通すの?」


 彼女は、自分の背丈にも追いつきそうなほどうずたかく積み上げられた紙束に、少し眩暈を覚えた。


「ああ。今日中にやってしまわないとな。明日は明日でやることが山積みだ」


「そう、なのね……」


「で、何か緊急の用か?」


 普段、巫剣たちは母屋に併設された洋風茶房『めいじ館』で給仕の業務に当たったり、街中の巡回警護など忙しくしている。そのため、こうして聖十郎の部屋を訪ねてくることは、特別な用事がない限りはあまりない。


「そうね。どうしてるかなぁと思って」


「どうしてるって――」


 ようやく報告書から目を上げ、城和泉を見る聖十郎。


「忙しく働いているが……」


 城和泉の意図が掴めず、歯切れの悪い返答になる。


「そんなの、見れば分かるわよ!」


 そう答える城和泉に、『いつもの感じ』を覚える聖十郎。おそらくこの子は自分のことが心配で、わざわざ仕事の合間を縫って訪ねてきたのだろう。


「そうか。ありがとう」


 その心遣いが分かり、思わず礼が口をつく。


「ん? まだ何もしてないわよ? 変な主」


 思い掛けない言葉に、キョトンとする城和泉。


「それよりも体調はどうなの? ほら、急に仕事に戻ったから」


「ああ。問題ない」


「そう。……なら、良かったわ」


 本当に、ついひと月前のことだ。聖十郎はこの子の目の前で、神代三かみよさんけんの一振り『天叢雲剣』に斬られ、生死の境をさまよった。



 巫剣の祖である神代三剣が彼に刃を向けたのには相応の理由があった。後に城和泉を含めめいじ館の巫剣たちはその真意を知ることになるのだが、目の前で自分たちの主である聖十郎が命を落としかねない状況を目撃した3人――城和泉正宗、桑名くわなごうおう吉光よしみつの心中は計り知れない。


 現に城和泉に至っては、我を失いその場で天叢雲剣に斬りかかりもしたのだ。結果、戦いの余波で建物が破損。めいじ館はしばらく営業を止めざるを得なかった。



「それよりも今はこの報告書の山だ」


 書類の山を見やり聖十郎が言う。


「そ、そうね」


 改めてその量に言葉を失う城和泉。


「ねぇ、この報告書、私も見てもいい?」


「構わないが……。面白いものではないぞ?」


「別に面白がってはないわよ!」


 そう言って報告書を一つ手に取る城和泉。


「あまりバラバラにしないでくれよ? 報告書の内容は、後で支倉少佐とも共有しないといけないからな」


「そうなの? でも、あの人陸軍じゃ……」



 御華見衆は、その成り立ちから朝廷直属の組織として存在してきた。本来銘治政府に所属する陸軍とは一線を画す。そのため表向き協力体制をとってはいるが、巫剣という『武力』を所有する御華見衆をよく思っていない軍関係者は多い。


 しかし、聖十郎自身は士官学校出身ということもあり、軍に何人かの知り合いもいる。

 士官学校時代の同窓、古島こじまとうやその上司の大尉がそれだ。


 先のミヅチとの戦いでも彼らは惜しみなく協力してくれたし、何よりその戦いによって大きな痛手を負った御華見衆を現在も支えてくれている。

 支倉龍臣特務少佐もその一人で、未だ機能が回復していない御華見衆の為に裏に表にと活動している。そのため、御華見衆は彼らと情報を共有し、早急な機能回復に努める必要があった。


「確かに陸軍だが、今はそんなこと言っている場合じゃないしな。それにこの国を守りたいと言う志は同じだ」


「でも、支倉さんって御華見衆を陸軍の傘下にしようとしてるんじゃ……」


「確かにそんな話もあったが、断ったよ」


「それは知ってるけど……」


 歯切れの悪い城和泉。


「支倉少佐も、それに冬馬や大尉だって、俺たちのことを心配してくれていし、協力もしてくれている。だったらこちらもできる限りの誠意で答えるのが筋じゃないのか?」


「そうだけど……」


 いかにも納得いきませんという風情でもごもごもと言葉尻を濁す城和泉。しかし、これ以上何を言っても無駄なのを分かってか、再び目の前の報告書に目を戻す。

 そして、手にした報告書を見るや、感嘆の声を上げる。


「へー、北谷ちゃたんたちも元気にやってるのね」


 城和泉が手に取った報告書は、薩摩支部から沖縄の警護に向かった北谷ちゃたんきりたちからのものだった。

 元々、琉球王国出身の千代ちよ金丸がねまる金丸がねまる、北谷菜切の三人は、その知見から早くに沖縄への派遣が決まっていた。



「北谷、よく何も言わずに沖縄に行ったわよね」


 聖十郎が巫剣たちに派遣先の指令を出した日を思い出し、城和泉が呟く。


「私、北谷は絶対にめいじ館に残るって言うと思ってたわ」


「そうか? 俺は素直に聞いてくれると思っていたが」


「だって、あの子……」



 北谷菜切は、その命を聖十郎に救われた巫剣だった。ミヅチの術により心を奪われ自我を失い錆び付く手前。そこで聖十郎に救われたが故に、聖十郎とずっと行動を共にしてきた城和泉たち同様、聖十郎への思いは深い。

 そのため、久しぶりの里帰りと喜ぶ千代金丸、治金丸の二人と違い、北谷菜切はめいじ館に残ると主張する、城和泉はそう考えていた。


 しかしその日、彼女は指令を素直に受け入れ、驚く城和泉や桑名江に「お兄様が困っているんですから助けるのは当然のことです」と言ってのけた。「わたしだってめいじ館の一員なんですから」と。


 その言葉に、敵対していた北谷菜切たちとの戦いや和解、今に至るまでの彼女の思いを感じ、胸を打たれたことを思い出す。ただし、その後「抜け駆けは許しませんからね? 剣馬鹿さん」と言われたこともあわせて。


 苦笑いする城和泉。


「どうしたんだ?」


 その様子を見て聖十郎が問う。


「な、何でもないわよ!」


 取り繕う城和泉。


「そういえば、琉球に遊びに来たらどうかとも言ってたな」


 北谷菜切たちの出発を見送った日のことを思い出す聖十郎。



 ――お兄様も一度くらい、琉球に遊びに来てくださいね、おひとりで――



 そう言ってにこやかに発っていった北谷菜切を思い出す聖十郎。


「北谷、元気にしてるかな?」


 報告書の文字を追いながらぼそりと呟く城和泉。

 同時に、書かれた一文に目がとまる。


 ――禍憑が発生した複数の場所で金属片を発見。形状が『ウ式合金』に酷似。

 沖縄での禍憑発生の原因と推察される――


「主、これ――!」


 城和泉が慌てて見せる。


「沖縄に、ウ式合金……!?」




 << 第9章へ続く >>

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