第8章 2話「各地の様子」


 七香と八宵によって自室に持ち込まれた報告書。その山を前に、どこから手をつけたものかとせい十郎じゅうろうは思案していた。


 彼が巫剣使いとしてめいじ館に来てから1年と数ヶ月 。

 命に関わるような危機を何度も乗り越えてきたが、この報告書の山は別の意味で命に関わる。そんなことを頭の片隅で考えていた。


「まったく、司令と副司令の偉大さを思い知るばかりだ……」


 御華見衆本部に出向く度に、似たような量の書類と格闘していた副司令の姿を思い出す。


 そもそも聖十郎にここまで書類仕事が回ってこず現場に集中できていたのは、今まで御華見衆司令――七星しちせいけんが日本中に張り巡らせた結界と、それを用いた予知があったからこそだった。禍憑の発生や、その原因となる霊脈の乱れを事前に予知していたが故、少数精鋭で回っていた。


 しかし、その土台が機能不全に陥った今、未然に防いでいた事件の数々が、報告書という形で表出してきている。


「見ていても仕方ないな」


 呟くと、一番上に載った報告書を開く。

 そこには達筆な字で『金沢支部調査報告書』と書かれていた。


愛染あいぜんたちの報告書か……」


 金沢支部に派遣された巫剣は、前田家に使えていた愛染あいぜんくにとし乱光みだれみつかね富田とみたごう島津しまづ正宗まさむねの4人と、上杉家に縁のある山鳥やまどり一文いちもんひめつる一文いちもんけん信兼光しんかねみつけんしん助宗すけむね水神すいじん切兼光ぎりかねみつの計9人だった。



 個性豊かな面々ではあるが、実力者揃いでもある。

 彼女たちの顔を思い出しながら、ぺーじをめくってく。


 案の定、報告書には禍憑の討伐報告がずらりと並び、聖十郎は彼女たちの実力を再確認することとなった。


「ふむ。この数はさすがとしか言いようがないな」


 そう言うと、報告書の最後にまとめられた特記事項に目を移す。


「やはり禍憑の出現数は上がっているか……」


 そこは各々が気になった点などを記載する項目となっており、前田組は富田江を、上杉組は山鳥毛と姫鶴を中心に、各々が祓った禍憑の特徴や気になる点、町や村の様子などがつぶさに記載されていた。

 報告書は、まだ禍憑の発生が収まるような気配はないと結ばれている。


「もうしばらく苦労はかけそうか……」


 そう呟くと、聖十郎はひと月ほど前の支倉はせくらたつおみ――陸軍省軍務局所属の特務少佐の言葉を思い出していた。


 ――『ウしき合金ごうきん』に付着したまがたま

 それが偶然の産物でなかったとしたらどうでしょう?

 そして、これを使って禍憑を産み出せるとしたら――


 禍魂という物質。

 それは霊脈の乱れから発し、無機物有機物関わらず取り憑いたものを禍憑に変えてしまう。特にそれは負の気――人の持つ負の感情などを好み、人に害をなし、何より巫剣の宿敵である禍憑を生み出す。


「人を禍憑に変える金属……」


 まだ想像の域を出ない、あくまで推論でしかないが、日本各地での禍憑の出現数の増加について、現段階で他に説明できるものがない。

 金沢の報告書を閉じると、聖十郎は次の報告書に目を通し始めた。



 仙台支部調査報告書。


 表紙には几帳面なしかし力強い字でそう書いてある。

 巫剣たちは、その長い生の中で時代時代に応じて様々な主に仕えてきた。

 それは歴史に名を残す武将や将軍、剣術家など多岐にわたる。


 北海道に支部を持たない御華見衆にとって、仙台支部は北の護りの要所と言える。 そこには伊達家、佐竹家縁の巫剣たちが派遣されていた。


「これは八文字はちもんじの字か……」


 そう呟くと表紙をめくり読み進めていく。報告書の中には金沢同様禍憑の発生件数が多いことそれに順次対応したことが綴られていた。


「見送りの時、牛王が心配そうにしていたな……」



 仙台支部に向かった巫剣は、大倶おおく伽羅からしょくだい切光きりみつただ鶴丸つるまるくになが太鼓たいこかね貞宗さだむね八文はちもん長義ちょうぎ夢切ゆめき国宗くにむねてんきゅうわりの7人だ。



 大倶利伽羅たちと同じ伊達家に縁のある牛王吉光は、彼女たちが東京を発つ日、彼女たちが担当することになる範囲に対して、巫剣の数が少なすぎると聖十郎に具申してきた。


 しかし巫剣の数に限りがある以上、今以上に多くの人員を送るわけにも行かない。どうすべきか悩んでいたところに助け船を出したのは、意外にも大倶利伽羅だった。

 自身も馴染みのある土地だから心配は無用だと、そう牛王を説得し東北の地へ発っていった。


 報告書の最後には、燭台切の文字で禍憑の発生の仕方に作為のようなものを感じると記されていた。


 伊達家の忍び集団に属し、観察や洞察について右に出るもののいない燭台切の言葉に、聖十郎は自身の内にある予感めいたものが確信に変わっていくのを感じていた。

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