第9章「御華見衆本部にて」

第9章 1話「痛み」



 沖縄に派遣された北谷菜切さんたちからの報告書。


 そこに記された『ウ式合金』の文字は、わたしたちを驚かせるのに十分なものでした。

 隊長さんは、そのことを御華見衆本部の指令や副司令に報告した後、支倉少佐にも伝えました。


 支倉少佐たちの属する陸軍省軍務局のとある部署では、以前から禍憑が発生した場所に残るその謎の金属を調べていていたようで、以前から隊長さんたちにも何度か協力依頼が来ていました。


 そういう経緯もあって、いろいろやり取りを重ねてきましたが……。

 わたしたち御華見衆としても、今軍関係で頼れるところは支倉少佐の部署しかなく、でも以前は御華見衆を陸軍の傘下に誘って小烏丸さんを怒らせたりしていたこともあったので、なにやら少し不安です。


 わたしたち、これからどうなってしまうのでしょう?





「気分はどうだい? 人間」


 それは身体の芯からなのか、頭の奥底からなのか。まるで心臓を舐めあげるような不快な声が響いた。


「ミヅチか……。なんだもう起きたのか?」


 声と同時に襲ってくる激しい頭痛に顔をゆがめながら聖十郎が答える。


「もう起きたとは、ご挨拶だね」


 自分の影響で聖十郎が苦しんでいるのが分かるのか、その声音は心底楽しそうに聞こえた。


「――ッ」


 断続的に襲ってくる痛みに、弱みを見せまいと耐える。

 


 巫剣と禍憑との長い戦いの歴史の中で、禍憑と呼ばれる存在にもいくつか種類があることがわかっていた。

 知恵を持つものや、ただ闇雲に人を襲うものなど様々だが、ミヅチはそれら禍憑とは一線を画す『災禍さいか』と呼ばれる存在だ。


 名の示すとおり、その存在はまさに災害。人の手ではどうすることもできない人類にとって天敵と言える存在だ。

 意志を持ち、自身の考えに則り行動を起こす。

 部下を使い、時に人に紛れ、狡猾に襲いかかってくる。



 以前、聖十郎たちはこのミヅチが起こした事件により大きな危機に直面した。その危機からはからくも脱したが、大きな傷を残すこととなる。その一つが今も御華見衆の動きを制限している結界の消失だ。


 そして、倒したはずのミヅチは、未だ聖十郎の中に残り続けている。


「今日は随分と早起きだな、ミヅチ」


「ふぅん。君もなかなか言うようになったじゃないか」


 こうして聖十郎の中に居る間、ミヅチは長い間意識を保っていられないのか、そのほとんどを『寝て』過ごしている。ミヅチ自身が聖十郎に語った言葉だ。


「どれほどの間寝ていたか分からないが、少しは暇つぶしでもと思ってね」


 ミヅチの言葉が響く度に、聖十郎を割れんばかりの頭痛が襲う。


「おやおや、随分とつらそうだけど、大丈夫なのかい?」


「――ッ」


「まぁ、人間程度の脆弱な精神に私が入っているんだからね。耐えられないのも無理はないよ。諦めて、はやくこっち側に来たらどうだい?」


「うるさいッ!」


 痛みに飲まれそうになる意識を必死に保ち、言葉を返す。



 ミヅチを自身の内に抱くと言うことは、禍魂に己の精神を浸食されていることに他ならない。一時でも気を緩めれば自身の精神をミヅチに食い荒らされ、聖十郎は禍憑と化してしまうだろう。

 彼を襲う痛みは、己の精神がミヅチに浸食されている、その事実に違いなかった。


「余裕がないのが見て取れるねぇ」


 聖十郎の状態が気に入ったのか、さも楽しそうに続ける。


「ほんと、実に気分がいいよ――」


 言いかけて言葉を切る。


「チッ、いやな気配だね」


 言うが速いかミヅチの気配が消える。

 頭痛から解放された聖十郎が、安堵のため息を漏らすと、それを待っていたかのように部屋の外から声がかかった。




「主様、いらっしゃいますか?」


「隊長くん、入るよ?」


 優しく憂いを含んだ声と、落ち着いた大人びた声。それは桑名江と牛王吉光の声だった。

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