第20話  収穫祭の夜2

■その20 収穫祭の夜2■


 慣れない踊りに体は疲労したが、上手い料理に、久しぶりのアルコールは言葉通り身に染みたし、何よりとても楽しそうに同じ時間を過ごし、今は安心しきって自分の腕の中で眠るアデイールが見れて、リュヤーはとても満足していた。

 小さな村だから、広場からシオンの邸まで馬ならたいした距離ではないが、馬の歩みは人の歩みと変わらず、むしろ遅いぐらいだった。

 通り過ぎる風は体の火照りを取るには足りなかったが、それでもアデイールの体を思って、リュヤーは自分のマントをアデイールにかけていた。


「お姫様の眠りを妨げるのは、感心しないよ」


 後方からゾロゾロと押し寄せる不穏な気配に、リュヤーは馬の手綱を確りと握って、残りの距離を一気に走り抜けた。


「閉門!!閉門!!」


 門の手前から声を張り上げ、門を駆け抜けるとそのまま裏口に馬をつけた。

門が閉まる音を聞きながら、雑にマントでアデイールを包み、肩に担いで邸の中に入った。リュヤーが駆け込んだのは、シオンの邸ではなく、隣の研究棟だった。


「ん・・・リュヤー?」


 背中で裏口のドアを閉めた衝撃で、アデイールが目を覚ました。

ぼんやりとしているのは視界だけでなく、頭も覚醒していないようで、リュヤーの肩に担がれたままゆっくり辺りを見渡し、握っている右手の感触に気が付いた。

アデイールが下ろしてくれるよう頼むよりも早く、リュヤーはそのまま二階の執務室を目指した。


「リュヤー、何かあって?」


 大人しく担がれたまま、アデイールは右手を開いて握っていたモノを見た。

丸く小さな小さな石が二つあった。

ツルツルしたその石は薄暗い邸の中、注意深く見ると、明度の高い海のように透明で青い色をしていた。


「何かわからないが、良くないものが追いかけて来た。

その石は、今朝水浴びしてたエヴァが、アデイールの事を考えてたら、足元にあったんだって。

イネスの見立てだと、アデイールのお守りになるらしい。

他の人には触らせるなと」

「エヴァが・・・嬉しいわ」


 素直に喜んでいる声を聴いて、リュヤーの頬も緩んだ。


「それにしても・・・どうするの?」


 さすがに、冷め始めているとは言え、アルコールを心行くまで飲み、アデイールを担いだまま階段を駆け上がるのは、限界だった。

目的のドアが視界に入ると、安堵してアデイールをそっと肩から下ろし、その反動で床に膝をついた。


「・・・踊りの輪の中に、先日の襲撃メンバーが二人いた」


 完全に床に尻をつき、背中を壁に預けて、上がった息を整え始めた。

アデイールは自分を包んでいたマントを解いて腕にかけた。


「村人以外も参加するって聞いていたから、あまり気にはしていなかったんだ。

怪しい動きもしていなかったし」


 汗と共に、体内に残っていたアルコールも噴き出した。


「意外と、目が利くのね。

私、気が付かなかったわ。

と言うより、浮かれていたのね」

「祭りだからな。

オレも、浮かれてた。

完全に、飲みすぎた」


  屈んでマントを差し出したアデイールに、リュヤーは情けない顔で笑いかけた。


「お祭りですもの」


 そんなリュヤーに、アデイールも笑いかけた。


「アデイール!

リュヤー!!」


 そんな二人を、エヴァが階段下から大声で呼んだ。


「居るわよ~」


 間延びした返答に導かれ、シオンとエヴァが階段を駆け上がってきた。


「良かった、無事で」


 弾む呼吸を整えながらアデイールと手を取りあうエヴァの横を素通りし、シオンは執務室のドアを開けた。


「こっちだ」


 シオンに誘われるまま三人は執務室に入ると、窓の外に幾つもの掲げられた松明が見えた。


「リュヤー、ここに逃げ込んで正解だ。

今夜の狙いは、邸の様だ」


 シオンは壁の棚に収まっている書類や本等を、素早く選びながら机に積み重ね始めた。


「怪しい影がアデイール達の後を追ったから、すぐに追いかけたんだ。

すぐに最後尾に追いついて、様子をうかがっていた」


 話しながら、エヴァはアデイールにコルセットを外してくれるよう指さし、机の上に置いてあったペーパーナイフで、スカートの裾をひざ丈ぐらいまで切り裂いた。


「リュヤー、麻紐がその机の下の引き出しにある。

持ち運べるように纏めてくれ。

アデイール、複写してないものがあれば、持ってきてくれ。

万が一を考えて、重要な物だけでも避難しておこう」

「重要じゃ無い物って、あるのか?」


 ここに来て、まだそんなに長い月日を過ごしてはいないが、リュヤーにとっては重要ではない物があるとは、到底思えなかった。

それは、シオンやギャビン、アデイールの仕事ぶりを見てだった。


「俺やギャビンは、見聞きしたものは総て頭の中に入れてある。

重要なものとは、俺やギャビン以外の者が見て、その後を引き継げる物だ」


 言いながらも、シオンの手は止まらない。

アデイールも素早くエヴァのコルセットを外すと、手伝ってとエヴァの腕を取って部屋から飛び出た。


「リュヤー、急げ」


 急かされたリュヤーは、言われた通り麻紐を見つけ出し、書類や本をまとめ始めた。


「あれは、この前の集団と同じなのか?」

「ああ、数人、見覚えのある顔があったし、何より中心にいた・・・」

「・・・ギャビン?」


 濁った言葉尻を受け、そっとリュヤーが聞くと、シオンは無言で頷くだけだった。

そして、本塁を出し切ったのか、シオンも手際よく麻紐でまとめ始めた。


「シオン、このまま外の地下室に行くわ」


 開けられたままのドアの前を、急ぎながらも慎重にアデイールとエヴァが通り過ぎた。

その両腕には大小幾つもの瓶を抱えていたのが見えた。


「リュヤー、俺たちも外へ」

「外の地下って、どっち?

正面玄関側?

裏口側?」

「裏口側だ。

ちょうど、あちら側にある病室の下」


 二人で運ぶには量が多いいと判断したリュヤーは、シオンの返答を聞くと、廊下を挟んで向かい側の病室に束を担いで移動し、真正面の窓を勢いよく開けた。


「下で必ず受け取る、投げて」


 束を担ぎ、追いかけてきたシオンに言うが早いか、リュヤーは持っていた束を窓際に置き、窓の縁に足をかけ、その身を窓の外に勢いよく投げだした。


「リュヤー!」


 シオンが慌てて窓の下をのぞき込むと、服についた汚れを払いながら立ち上がるリュヤーが見えた。


「シオン、投げて!!」


 自分を見下ろすシオンに向かって、リュヤーは大きく手を振った。

たいした怪我をしていなさそうに見え、シオンは安堵のため息をつきつつ、リュヤーめがけて束を落とし始めた。

二階の高さから落とされる紙の束は、リュヤーが思ったよりも重かったが、腰を落とし歯を食いしばり、一束一束確りと受け取った。


「あら、私達より早い」


 最後の束を受け取った時、アデイールとエヴァが建物の影から姿を現した。


「リュヤー、そこの外壁の手前・・・そう、そこの土を少し掘って」


 言われるままにリュヤーが土を掘ると、鉄の取っ手が現れ、言われる前に力いっぱい引いた。

夜の闇より暗い穴が、ぽっかりと口を開けた。


「アデイール、俺は邸の方へ行く」


 地下室に入ろうとしている三人に、シオンは窓から声をかけて走り出した。


「シオン!」


 後を追おうとしたエヴァの腕を、アデイールが掴んで止めた。


「シオンに任せておけば大丈夫よ。

こっちも大切な事なの。

第一、あの邸の中は迷路で、貴女じゃシオンに追いつくかどうか・・・」

「アデイールには、リュヤーがいる。

でも、ギャビンがいない今、シオンは一人だ」


ごめん。

と小さく呟いてエヴァはアデイールの手を振り切り、羽織っていたマントの裾を翻した。


「緑の・・・鳥」


 エヴァはコマドリ程の大きさで、緑の羽に小さな赤い嘴の鳥に姿を変えると、邸の方へと飛び立った。


「・・・魔力は知識って、イネスは言ってたよな」

「でも、稀に本物もいるって言ってもいたわ」


 人間が鳥に変わる瞬間を確りと見た二人は、星だけが輝く夜の空を呆然と見ていた。



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