第19話 収穫祭の夜

■その19 収穫祭の夜■


 収穫の月。

それは一年に一度の祭祀がある月。

豊かな大地の実りに感謝をし、無事に収穫が終わるのを願う収穫祭がある月。

 それはとても盛大で、それぞれの街や村はもちろん、近隣の人々も共に祝う。

この国外れの小さな村も類にもれず、この日は仕事を休み、家事を早々に終わらせ、昼前から祭りを始めるのが常だった。


 それはとても賑やかだった。

村の中央の広場には、色とりどりの花や、いつもは見ない多種多様の果物や食べ物が広場の外周に置かれた荷馬車に乗っていた。

この日だけは、どんな人々も精一杯着飾り、美しい花を贈りあったり、友人や恋人を花で飾り立てたり、普段は口にできない食べ物や飲み物を、際限なく味わっていた。


 広場の中心には、楽器の得意な者達が音楽を奏で、それを囲むように老若男女が手に手を取り合って踊っていた。

 ドレスに身を包み、結い上げた髪に色とりどりの花で飾り立てたアデイールも、いつものように踊りの輪に入って楽しんでいた。

その横には、いつもの制服で、初めての祭りに戸惑いながらも踊りを楽しむリュヤーがいた。

 そんな二人を、シオンとエヴァは家の影から見ていた。


「イネスが居ないと、不安か?」


 付けたことのないコルセットは未だに馴染まず、ふくらはぎを隠すスカートの裾は足の自由を制限した。

 エヴァにとって、普段より露出の低い村娘の格好は、窮屈なもの以外なかった。


「この服が・・・」


 コルセットを閉めている時、ドア越しに悲鳴を聞いたのを思い出し、シオンは口元を緩めた。

 飾りは少ないものの、ショールの代わりに羽織ったエヴァのマントは、鳥の羽から作られていて、光の加減で緑色に光ることがあった。

 いつもの様に、若草色の髪を隠すためにマントのフードを被っていたが、それをシオンがやさしく外した。


「美しい髪を隠すのは勿体無い。

が・・・誰構わず見せるのも・・・」


 髪を撫で、長い指でひと房いじるのを、エヴァは上目遣いで見ていた。


「私は、この祭りを見れただけで、充分なんだが」

「今度、この髪に合う髪飾りをプレゼントさせて欲しい。

それも、森は焼きもちを?」


 指先で遊んでいたひと房の髪に、シオンは軽く口づけをした。


「森が気に入れば、大丈夫だと思う」


 感触はないはずだけれど、その動作がなんだかくすぐったく感じて、エヴァは思わず腰を引いた。


「見つけた!」


 そんな二人の前に、息を切らせてリュヤーが姿を現した。


「駄目よ二人とも!

今日は収穫祭よ、お祝いよ。

楽しむのが一番の感謝のしるしよ!」


 続いてアデイールが現れたかと思うと、エヴァの腕をとって、踊りの輪の中に引きずり込んだ。



 一年に一度の祭祀に、人々は時間を忘れた。

 奏でられる音楽や踊りは途切れることなく、人々の歓声は高い空に広がり、吸い込まれていく。


 西の空が茜色に染まり始めると、誰からともなく松明を掲げ始め、騒ぐことに疲れた子供や老人は散り散りに家路を目指す。

そうなると、音楽は落ち着いたメロディーを奏でるようになり、今まで以上にアルコールが出回り談話の潤滑油となり、大人たちの顔を松明よりも赤く染めていった。


 広場の外れに繋がれていた馬に、踊り疲れたアデイールを半ば強引に乗せ、その背を後ろに乗ったリュヤーがしっかりと支えた。

 リュヤーの温もりを感じると、軽く飲んだアルコールと寝不足も手伝ってか、アデイールはすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

そんなアデイールの右手に、エヴァはとても小さな二つの石を握らせた。


「今朝、森の泉で身を清めている時、ふとアデイールの事が脳裏に浮かんだんだ。

そうしたら、この二つの石が足元にあるのに気が付いたんだ」

「石を握らせたの?」


 リュヤーはアデイールの右手を開こうとして、エヴァにその手を叩かれた。


「これは、アデイールの護りとなる石。

他の者のエネルギーを触れさせるなと、イネスに言われた。

イネスさえ触れていない」

「了解。

落とさないよう、気を付けるよ」


 少し残念そうに答えて、リュヤーはそっと馬を歩かせた。


「エヴァ、イネスによろしく伝えて。

アデイールも、まだ話を聞きたがっていた」

「伝えておく。

イネスも皆の事を気に入っているようだ」


 言葉通り、ゆっくりと歩を進めていく馬上のリュヤーに手を振った。


「もっと、こうしていたいが、イネスとの約束を違えるのは怖い」


 シオンは小さな体をいつもの様に抱き上げ、とても残念そうに囁いた。


「また、薬を届けに来る。

・・・シオン、変な影が邸に向かっている」


 離れたくないというシオンの気持ちが嬉しくて、エヴァの頬が緩んだ。

が、それは一瞬だった。

 シオンの肩越し、エヴァの視界に不審な影が映った。

それらは音楽を奏でる人々、アルコールと談話に時間を忘れる大人達、未だ夜の賑わいが続く広場の頭上に、松明の煙とも夜の闇とも違った影が所処から立ち上り、連れ立って広場から抜け出し、シオンの邸の方へと移動を始めた。


「エヴァ、森に帰る一番安全な方法は?」


 シオンの声に、緊張が走った。


「嫌だ」


 連れ立った影たちが、先を行くアデイールとリュヤーたちに覆い被さろうとしているのが、目の前のシオンの顔に重なって見えた。


「もう、エヴァが傷つくのは見たくはない」


 射貫かれた瞬間、腕の中で苦しんでいるのに何も出来なかったあの時・・・思い出すだけでシオンの胸が苦しくなった。


「そう思うのなら、きちんと送り届けて」


 小さな両手でシオンの頬を包み、筋の通った鼻の頭に軽く口づけをした。

風がシオンの腕の中からエヴァを奪った。

 地面に両足をつけたエヴァは、一目散に走りだした。

シオンはそんなエヴァに子猫を連想しつつ、アデイールにやきもちを焼いた。



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