第18話 病と魔女を恐れる者達
■ その18 病と魔女を恐れる者達■
街は、二日後に行われる収穫祭の準備で、日が暮れ始めた今でもメイン通りはにぎわっていた。
周囲の影が闇と同化し始める頃、殆どの人々は家路へ着いたが、十数人の老若男女は街外れの納屋に集まっていた。
松明の明かりが煌々と輝き、使い込まれた農具や年老いた者、まだ若き者、それぞれの農民の顔を不気味に照らし出していた。
「本当に魔女がいるのか?」
「リアム様の言う通りじゃないか?」
「しかし、あの後、アデイール様達が馬で森の方に走っていったぞ?」
魔女や流行病再発への恐怖から、先日研究棟に押し寄せた人々は、再度この納屋に集まって話をしていた。
「三人、様子見で残ったはずだ。
今夜、見たことを報告するはずだったろう?
居るか?」
「誰が残った?」
「誰だ?
誰が見た?」
皆、誰だ誰だと口々に言いながら、お互いの顔を見合わせた。
「三人とも、帰ってきていない」
集団から少し離れたところで声がした。
その声の主は、背中が曲がり、ぼさぼさに伸びたごま塩の髪が顔を隠していた。
唯一ちらっと見える口元は乾燥し、大小の深いヒビが入っていた。
「帰ってきていないって・・・」
「魔女にでも、囚われたんじゃないのか?」
瞬時に緊張感が走った。
「今頃は五臓六腑を抜かれ、秘薬の種にでもされているやも・・・若者もいたな。
若いのは肉付きがいいから、食べられたかもしれん。
ああ、魔女は収穫祭の後にサバトをやると聞く。
その時の悪魔への贄にされるかもな」
初老の男の声は、決して大きくはない。
しかし、街人達の口を閉ざし、不安や恐怖心を煽るには十分だった。
「・・・ま、また悪いことが起こるんじゃないのか?」
「三人も魔女の餌食に・・・」
「教会に助けを求めよう」
「忘れたのか?
あの流行病の時、教会は病に苦しむ者達で溢れかえり、魔女の対応までは手が回らなかっただろう」
「でも、今回はまだ病は出ていない」
個人の不安や恐怖は言葉として、そして声に乗せて仲間と共有され始めた。
「あの邸に魔女がいる」
少し掠れた、女性にしてはトーンの低めの声が、皆の耳に静かに届いた。
金糸や銀糸の刺繍をあしらったワイン色のドレスに身を包んだその女性は、とても良い姿勢で優雅に表れた。
緩やかに結い上げた赤茶色のくせ毛には所々白いものが混じり、こげ茶色の一重の目元には細かい皺が多々刻まれている。
上を向いた小さな鼻をのせた小さな顔は肉付きが薄く、エラが張っているのがよく分かった。
「マチルダ様・・・」
年老いた数人の者達から、女性の名前が呼ばれた。
「マチルダ様、ご健在で・・・」
初老の女性の挨拶に軽く頭を下げ、マチルダは話し始めた。
「王子も姫も、魔女の秘薬で洗脳されているのだろう。
もしくは、魔女が姿を変えているのかもしれない。
古き者達よ、忘れたのか?あの病の恐怖と悲しみを。
あの時も、魔女は薔薇の邸にいたではないか。
飼い慣らした幼い子供二人を、サバトの贄にしようとしていたではないか。
あの魔女はあの時の姿のまま、あの邸にいるのだぞ?
お前たちは、あの悲劇を繰り返してもよいのか?」
熱弁を振るうのではなく、とても静かな口調だった。
だからこそ、過去を知る者の背筋には冷たい汗が流れた。
「しかし、リアム様の言うことも一理あるかと思います」
恐る恐る、年若き者がそう言うと、マチルダは静かに答えた。
「魔女を捕らえればいいだけの事。
あの邸に多少なりとも被害があったとしても、隣の研究棟が無事なら、何とかなるであろう?
それに、それほどに大切な資料なら、写しぐらい作っておくだろうし、同じ場所に保管はしないだろう。
魔女だけだ。
魔女だけ、捕まえれば良い」
その言葉が、魔女の呪文のようだった。
「そう・・・そうだな」
「そうだ、そうに違いない」
「魔女だ、魔女を捕まえればいいんだ!」
静かな呪文は、不安と恐怖が広がった街の人々の心に、狂気の種を植えた。
「まだ収穫祭なら、遅くまで人々が騒いでいる。
その騒ぎに紛れて邸に忍び込めばいい」
どこからか聞こえた、しわがれた初老の男の声に、多くの賛同の声が上がった。
それぞれが松明や農具を掲げ、魔女討伐を叫んだ。
そんな集団の狂気を、物陰からアンバーの瞳が見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます