第11話 酒とギャビン

■その11 酒とギャビン■


 匂いが混ざっていた。

女たちが各々に吹き付けている匂い。

食事とアルコールの匂い。

さほど広くない店に染み付いた、すえた匂い。

それらが混ざり合い、リュヤーの食欲を減退させていた。

 食事をはさみ、目の前に座るギャビンは数人の女たちに囲まれ、アルコールを煽るように飲んでいた。

 つい先程まで、洋ナシ型の弦楽器・レベックをそれは見事に弾き鳴らし、女たちはそれに合わせてさも楽しげに歌い踊っていた。

 リュヤーも音楽や踊りは嫌いではないから、ギャビンや女たちの気持ちはわかった。

が、そこまでだった。


「ギャビン、そろそろ帰ろう」


 ギャビンに纏わりつき高らかに笑う女たちを見て、何がそんなに楽しいのか、リュヤーは分からなかった。


「帰る?

何処に帰るのさ?

この男は宿無しだよ?」

「あんたもさ、そんな服脱いでしまいなよ。

脱いで、私らと遊ぼう?」


 女たちは我先にと、ギャビンのはだけた胸元や裾からその華奢な手を滑り込ませ、引き締まった体をまさぐった。

 女達の声に店内の喧騒が混ざり、リュヤーはアデイールの待つ村に戻りたくてしょうがなかった。

それと同時に、あそこがいかに清潔で落ち着き、恵まれた環境だと思った。


「ここが、この町がこの国さ」


 そんなリュヤーの心情を察してか、ギャビンが幾人もの女達に埋もれ、頬にいくつもの紅を付けて笑って言った。


「あそこは理想郷、綺麗事なんだよ。

 この街を見てみな。

ある者は朝起きてから寝るまで働き、ある者は遊び、ある者はその身が腐ちて終るのを待つ。

 そこいらで生への営みが行われ、隣には終が転がっている。

狂気にも似た快楽に身を任せてみなよ、価値観が一気に変わる」


 捲し立てるように言い切ると、ギャビンは左右の女に交互にキスをし始めた。


「今日はシオンが居ないから、長いわね。

 あんた、新人ね。

こうなったギャビンは終わりが無いわよ。

まぁ、たいてい、その時の取り巻きの女たちと適当な場所で一夜を過ごして、次の日には通常に戻っているから安心なさい。

 仕事が詰まっている時は、シオンが引きずって帰るけれど、そうじゃない時は置いてっているわ」


 給仕の女が料理を運んで来ると、ため息混じりに教えてくれた。


「あの村だって、この国だろう。

・・・あの女、具合でも悪いのか?」


 視界の端、明かりが微妙に届き切らない店の隅で、二人の女が何やら身を寄せて話し込んでいるのがリュヤーの視界に入った。


「ああ、ギャビンが言っただろう。

『隣には終が転がっている』って。

あの奥の娘は、子供を産んだばかりなのさ」

「もう、働いているのか?」

「働かなきゃ、食っていけないからね。

それに、生まれた子供は魔女に攫われたらしいよ。

最近、多いんだ。

魔女のかどわかしがね」

「攫われたって・・・」

「もう、居ないってことだよ」


 大した事ないと言うように、支給の女はさらりと言って次の仕事へと向かった。


「理想郷か・・・」


 アデイールの顔を思い出しながら、リュヤーはギャビンの首根っこを鷲掴みにし、一気に担ぎ上げた。

二十センチも身長差がある上に、細いとはいえ鍛えられた体は筋肉がしっかりついている。

ギャビンが軽々と担がれたことで、店中の注目を浴びた。

リュヤーはギャビンを担いだまま、挨拶もそこそこに、大股で店を出た。


「ギャビン、ツケとくよ!」


 その背中に、給仕の女が声を張り上げた。


「あーあ、久しぶりの息抜きだったのに」


 見掛けより逞しいリュヤーの肩に担がれたまま、ギャビンは夜空を仰いだ。

体を揺する規則的なリズムは、視界に入っている白い三日月をも揺らした。


「オレから見れば、アンタにストレスがあるとは思えないね」

「あっら~、こう見えても、意外と繊細なのよ。

・・・リュヤー」


 不意に、ギャビンの声が変わった。


「ああ」


 担いでいたギャビンを素直に下ろし、腰のサーベルに手をかけた。

微かにだが、馬の蹄が聞こえた。


「ほい、交換」


 ギャビンは素早くリュヤーの手からサーベルを取り、代わりに胸元から出した短剣を握らせた。

 サーベルをあつかった経験のなかったリュヤーは、正直安心した。


「・・・あれ、シオンじゃないか?

何か・・・」


 視力はリュヤーの方が良かった。

何かを抱えながら馬を走らせて来るシオンの後ろを、複数の馬の影が見え隠れしていた。


「四人か・・・」

「口を塞げばいい」


 楽しそうに追手の人数を確認していたギャビンに、すれ違いざまシオンが声をかけた。


「ハイハ~イ。

さ、リュヤー君の腕前拝見といこうかな」


 短剣を構えたリュヤーの頭を軽く叩きながら、ギャビンは美しい所作でサーベルを抜いた。


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