第8話 リュヤーの見た男

■その8 リュヤーの見た男■


 今でもよく夢に見る。

街の人々が狂気に駆られ、松明と武器を手に邸を囲う。

肌寒い夜のはずなのに、人々の狂気で熱く、夜の闇は掲げる松明で異様に明るかった。


「魔女だ」

「魔女裁判にかけろ」


 人々の口から吐かれる言葉は、呪いのようだった。


「魔女を出せ」

「魔女裁判だ」


 魔女魔女魔女魔女・・・


 二階の部屋まで声は聞こえた。

部屋には幼馴染とその母親。

病み上がりのその人は、ベッドで上半身を起こした体勢で、外の狂気に怯える俺や幼馴染を抱きしめて『大丈夫』と、とても優しく何度も何度も囁いていた。


「大丈夫。

お父様が助けてくださるわ」


 優しく頭や頬を撫でてくれる手は骨と皮だけになり、ふっくらとしていた頬はこけ、月色の髪は艶をなくしていた。

唯一、病に侵される前と変わらなかったのは、心地いい声と、虹彩の大きな深い青い瞳。


「もう少し、もう少しの辛抱よ」


 狂気に包まれた空間で、その笑顔と声は、神話の女神そのものだった。

その日の夜は、とても長いものだった。



 夢だと分かっていても、過去のことだと理解していても、その夢から覚めた瞬間は切なさで暫く動けない。

 シオンのベッドの上で、ギャビンは柔らかな枕を抱えながらゆっくりと目を開けた。


 もう、何年も顔を見ていない。

あの夜以来、あの人の声すら聞いていない。


「・・・ここは、薔薇の匂いが強いなぁ」


 鼻をこすりながら、ゆっくりと上半身を起こした。

いつの間にか太陽は落ち、月明かりも入らないこの部屋は、窓際のランプの明かりが際立っていた。


「シオンの部屋ですもの。

三十分も寝ていないけれど、二度寝はしないでね。

そろそろ晩餐の時間だから。

お兄様も、いい加減着くでしょう」


 アデイールは窓際のイスで寛ぎ、側に置いたランプの明かりで本を呼んでいた。


「シオンは?」


 見渡せど、部屋の主の姿はない。

アデイールは本に集中しているのか、軽く頭を振っただけだった。


「リュヤーは?」


 まだスッキリとしない頭を掻き、片手で枕を抱き直しながら聞くと、今度はドアが指さされた。


「いくら柔らかくても、女の子のほうがいいなぁ・・・」


 枕を数回揉んで、ボフッと枕に顔を埋めて呟いた。

アデイールの指がページをめくる音が響いた。


「やっぱっりさ、良くないと思うんだよなぁ」


 そのタイミングで、リュヤーがブツブツと呟きながら入ってきた。


「ノックぐらいしてちょうだい。

で、何が良くないの?」


 視線は手元の本に落としたまま、リュヤーにたずねた。


「使用人じゃない人が、邸内をうろつくの」


 ハイハイと気のない返事をしながら、リュヤーはアデイールの前の椅子に腰を落とした。


「オレ、一応ここの使用人の顔は覚えたからね。

まぁ、行商関係者は分からないけれどさ。

・・・シオンのお父さんの部屋から出てきたから、仕事の関係者だったのかな?それにしては、やけにそわそわしていたけど。

向こうからオレは死角だったのか、見えてないようだったけどさ。

あ、ご飯できたって」

「今、何って?」


ギャビンの厳しい口調が、部屋の空気を一変させた。


「ご飯・・・」

「その前。

何処から出てきたって?」


 出会った時、床に転がされ蹴られた時を思い出すキツイ口調に、リュヤーは背中がゾクリとした。

 助けを求めるように、チラリとアデイールを横目で見るが、我関せずと言った風に相変わらず本を読んでいる。


「シオンのお父さんの部屋から・・・」

「どんな奴だった?

顔は見たか?」


 アンバーの瞳が、何時にもまして厳しい色でリュヤーを見つめた。


「廊下は暗いから、顔までは・・・オレと同じくらいの身長で、ああ、背中は少し曲がっていて・・・コブみたいに盛り上がっていたな。

右足が悪いのか、少し引きずって歩いていたよ」


 その瞳が怖くて、リュヤーは一生懸命に思い出す。

それを黙って聞き終えると、ギャビンはベッドから勢いよく立ち上がり、素早く上着を脱ぎ捨てた。


「悪い。

ちょっと家帰るわ。

リュヤー、アデイールの子守、頼んだよ」


 言うが早いか、ギャビンはベッド脇に立てかけておいたサーベルを手にして、大股で部屋を出た。


「・・・そう言えば、ギャビンの家って?」


 ギャビンが居なくなると、リュヤーは自分が冷や汗をかいていることに気がついた。

気の抜けた声で、それでもドアから目を離せないまま、アデイールに尋ねた。


「隣街よ。

正確には実家ね。

ギャビンは職場かこの邸か、この村か隣村の不特定多数の女性の所で寝ているのよ。

まぁ、私やお兄様が居る時は職場ね。

あそこ、この村では私達の家だから。

一応、身辺警護も仕事だしね。

この邸では、この部屋を使っているのよ。

ここは、第二の仕事部屋。

だから、この部屋には仕事の資料があるの。

殆ど纏めてないけれど」


 閉じた本を軽く振って立ち上がると、空いている方の手をシッシッと振った。


「さ、早く行かないと、置いていかれちゃうわよ。

ああ、その制服は脱いじゃだめよ」


 アデイールの言葉に背中を押されて、リュヤーは部屋を飛び出した。


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