第7話 青い瞳
■その7 青い瞳■
昼食後の休憩を存分に堪能し、各自の仕事に精を出す村人たちの中、猫達は気ままに過ごしていた。
中には、ギャビンやリュヤーの乗った馬の歩みがゆっくりなせいか、足元に戯れ着く猫もいた。
三人は村をぐるりと視察し、シオンの邸へと向かった。
リュヤーに部屋を提供してくれたのは、シオンだった。
シオンの邸は職場の隣、この村の外れにあり、一番大きな敷地だが、建物自体は四分の一しかない。
その殆どは色とりどりの花で覆われ、その中でも薔薇は数多く植えられ、一年を通して何かが咲いている。
その手入れをするのは邸の使用人だけでなく、シオンや邸の主人も好んで土にまみれていた。
「毎朝、何かしらやっているんだよな」
ギャビンの話を聞きながら、リュヤーは腰をかがめ邸の影から顔を出し、薔薇の剪定をするシオンを盗み見していた。
「本当、よくやるわよね」
その上に、リュヤーの背中に頰杖をつくようにアデイールが顔を出した。
「女遊びするより、花の世話をしている方が好きなんだよ。
今日みたいに仕事に身が入らない日は、さっさと仕事を切り上げて、ずーっと庭いじりしているよ」
さらに上、ギャビンがヒョッコリと顔を出した。
「アデイールの入る風呂のハーブ類は、シオンが育てて選別したものだよ」
「そうそう!
私のバスタイム、滅茶苦茶に・・・」
「アデイール、声でかい」
抗議の声を上げたアデイールの口を、ギャビンは素早く片手で塞いだ。
「ってか、姫様がお供も付けないでこんなところにいていいのか?
それに、言葉使い・・・」
リュヤーは頭の上でムームー唸るアデイールをチラリと見た。
「王様の前では、ちゃんとした対応するさ。
アデイールだけなら、いいの。
それに、この村に来たら、アデイールの身辺警護は俺たちの仕事なのよ。
リュヤーも、制服着ているんだから頼むよ」
「え?
それって、警備甘くないか?
しかも、ここ数日はアデイールと一緒じゃなかったぞ。
完全フリーだったじゃんか」
さらっとそう言われ、思わずリュヤーは立ち上がった。
「見えない!」
その頭を、アデイールがすかさず元の位置まで押さえつけた。
「ってか、アンタ、本当に姫様かよ?」
痛めたのか、リュヤーは首をさすりながら小声で呟いた。
「これでも正真正銘のお姫様。
リュヤーの国のお姫様がどんなだったか知らないけれど、正真正銘うちの国のお姫様。
研究熱心なせいで、いつもお城から飛び出して来ちゃうのよ」
すかさず、ギャビンが拾う。
「貶されている率が多いわよ。
眉目秀麗ぐらい言いなさいよ。
この村で行われていることは、『国』としてやっていることなのよ。
私やお兄様が定期的に現状調査に来るの。
仕事よ、仕事。
自分の身を守る術ぐらい心得ているし、貴方達と別行動だった数日は、邸に缶詰で仕事していたわよ」
「・・・でも、ここは感染病で壊滅した街の跡地なんだろう?
なんらかの拍子に、その病気がまた流行るって危険も無くはないだろ?
そんな村に、国の大事な姫や王子を現状調査に出すのか?」
「あら、やっぱり馬鹿じゃないのね。
この国の言葉が聞き取れる上に、きちんと会話も成立するから、確りした身元だとは思っていたけれど。
その制服、着ていて良いのかしら?」
「・・・帰るところなんて、無い」
リュヤーの返事に、アデイールはそっけなく
「そう」
と返したが、その背中に立てていた肘をどけて、代わりに両の手の平を優しく添えた。
リュヤーはアデイールの温もりを、背中越しに優しく感じた。
そんなことを話している間も、三人の視界の先のシオンは手を休めることは無かった。
「最近、ぼーっとしているな。
とは思っていたけど、今日は酷かったな。
なのに、花の手入れは確りしているな」
「最近、食事もままならないって感じなのに・・・別人みたいだ」
ギャビンの呟きにリュヤーが賛同すると、どこからかシオンを呼ぶ声がした。
聞きなれないその声に、ギャビンは辺りを見渡すと、シオンの後方の薔薇の茂みから、目深にフードを被った小柄な人影が現れた。
シオンはその人物が現れた瞬間、すくい取るようにその小柄な躰を自分の目線の少し上の高さまで抱き上げた。
「え・・・」
「おいおいおい・・・」
軽く見上げるシオンの表情はとても穏やかで、とても優しい笑みを浮かべていた。
そんな表情をアデイールもギャビンも見たことがなく、二人は驚きの色を隠せないでいた。
「・・・誰?あれ。
ギャビン、知っている?」
シオンはその人物を、お姫様を抱くように抱きかえると、薔薇の茂みへと進んでいった。
「いや、知らない。
あんな小柄な子と遊んだ記憶もない。
ってか、シオンが邪魔で、体型しか見えなかった」
慌てて建物の影から飛び出しシオンを追うも、直ぐに見失ってしまい、とりあえずと邸の中に入った。
「案外、この邸、入り組んでるよな。
オレ、まだ自分の部屋に行くのに、何回か間違えるもん。
姫さん、よくスイスイ進めるな」
「今夜の晩餐もそうだけれど、諸々の報告も兼ねて、この邸で食事をする事は多々あるのよ。
とりあえず、時間まではシオンの部屋でいいわね」
アデイールは先頭を切って、迷うこと無く屋敷内を歩いて行く。
「ふぅぅぅん・・・この邸って、随分と殺風景だよな」
気のない返事をしながら、リュヤーは辺りをキョロキョロと見渡しながらアデイールについて行く。
「物に執着が無いんだよ。
はい、こっち」
最後を歩いていたギャビンは力なく言うと、曲がり角を逆に行こうとしたリュヤーの首根っこを捕まえて、進路を直した。
「執着が無いって?」
「そんなに親しくもない、顔見知り程度の者でも『これ欲しい』って言ったら、やっちゃうんだよ。
たまに、勝手に持ち出して大きな街で金に変えている奴も居るけど、分かっていてもお咎め無し。
だから、こっち」
「ごめん。
この廊下、通ったこと無いから。
でもそれって、泥棒じゃん。
良いのか?」
「良いんだよ。
持ち主が何とも思っていないんだから。
それに、この邸の主も、たまに売りに行ってるみたいよ」
「親子して、仕事と花にしか興味無いのよね。
この邸にある物もあった物も、先代と親戚が集めた物だしね」
だからこそ、アデイールもギャビンも、あんなシオンの表情や行動は見たことがなく、困惑しつつもそんなシオンにした人物がどんな者か興味を持った。
大きな階段が現れた。
壁には代々の当主夫婦の肖像画が飾られている。
よく磨かれた手すりに手を滑らせ上りながら、リュヤーは肖像画を見ていた。
「こんな階段、あったんだ。
あ、シオンと同じ目だ」
肖像画の最後は、まだ若い夫婦だった。
男は肩下まで伸びた焦げ茶色の髪を赤いリボンで纏め、精悍な顔つきに、青の三白眼が印象的だった。
女は男と揃いの赤いリボンで、ゆるくウェーブのかかった月色の髪を纏め、優しく微笑んでいる。
その目は深い青で、その目尻は気持ち下がり、頬には薄っすらとソバカスがあった。
「シオンの家は、代々青い瞳よ?
この人はシオンのご両親」
アデイールはリュヤーの視線を追いかけた。
「シオンの目は母親譲りだな。
虹彩が大きいから、目がでかく見える」
ああ、そう言うことか。
と、アデイールとギャビンは納得した。
「ああ、そっちは当代夫妻の部屋。
仕事部屋も兼ねてマル秘資料もワンサカあるから、流石に勝手に入ると怒られる」
肖像画に目を奪われ、階段が終わった後も視線の端で追っていたら、また逆に曲がりギャビンに止められた。
「ってか、俺も入ったこと無い」
ギャビンは道を訂正するのが面倒になったのか、リュヤーの首根っこを掴んだまま、引きずるようにシオンの部屋に入った。
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