第26話 沙夜、また千夜ばあと再会。

 気がつくと、見覚えのある光景が目の前に広がっていた。。

「ふふふ。沙夜さん」

 柔らかい声が頭上で聞こえて、視線を上げる。

「千夜ばあっ⁉︎」

 あたしは、思わずとんきょうな声で驚いた。

「さて。恐らく未来から来た沙夜さん。あなたは今、いくつ?」

 あたしは、膝枕していた千夜ばあから離れて嬉々とする。

「小六だよ! 千夜ばあ、あたしね。千夜ばあのおかげで、小四のときに火事に遭わなくてすんだし、『時間操作』もそこそこ上手にね」

 興奮気味になり、懐中時計を取り出そうとして、無いことに気づいた。

「ふふふ。いいえ。実はまだ、懐中時計を渡してはいないのですよ」

「そうなの……?」

「ええ。時折、まだ自分の能力に目覚めず苦しんでいる十歳の沙夜さんがこちらにくるの。その十歳の沙夜さんに、懐中時計を渡さなくてはならないと思って」

 千夜ばあがそう話したあと、急に、空がどんより曇り始めた。

 庭で、一年生の舞夜、美夜、二歳の星夜が遊んでいる。

「えーいっ!」

 美夜が、缶を思いっ切り蹴飛ばした。

 同時に、ぽつぽつと雨が降り出した。

「やれやれ。通り雨。また、あの人が来たんだわ」

 追い返してくるから待っていてと千夜ばあに言われ、縁側で待つことにした。

 強くなった雨に打たれて、大あわてでマヨミヨ、星夜が縁側に逃げこんできた。

「ふふふ、みんなちっさくてかわいいな」

 あたしは、思わず笑顔がこぼれた。

「何言ってんの? 変な沙夜」

 舞夜が、雨粒をはらいながらクールに返してくる。口ぶりは相変わらずだ。

「早く、雨やまないかしら」

 美夜が、ガラス戸の向こうをうらめしく見つめる。

「あら? 誰かいるわ」

 美夜が気づいて、戸を開ける。

「ねえ。こっちへ入りなさいよ」

 美夜が手招きすると、植え込みから、青い傘を差した男の子がひょこっと顔を出した。

「……あの子」

 あたしは、すぐにわかった。

 男の子は、傘を差すとダッシュで玄関の方へ向かっていく。

「沙夜、知ってる子?」

「たぶん」

 あたしは、玄関へ向かうり

 すると、朱塗りの番傘を手に着物を着た若い女の人――一夜ばあがいた。

「あなた、紀夜ちゃんとこの、娘さんね」

 あたしは、こくりとうなずいた。

 それから、女の人は降りしきる雨の中、玄関から立ち去った。

 あたしも大雨の中外へ出たけど、蒼夜くんの姿はわからなかった。

 そっか。一度、会ってたんだ。

 あたしは、大きく息を吸い込んだ。

「蒼夜くーん! 六年生になったら、絶対会おうねー!」

 その声が届いたかどうかわからないけど――

 雨が上がって、マヨミヨ、星夜は缶蹴り再開。

 あたしは、千夜ばあに、天道カルタで蒼夜くんと勝負することを話した。

「まあ。天道カルタで? きっと、一夜さんのことだから、有利な方へ仕向けたことでしょうね」

 千夜ばあの言う通りだった。でも、あたしたちが勝利したけど。

「そうだわ。天道カルタで思い出しました。とっておきの言葉をあの人に送っておいてあげるとしましょう」

 千夜ばあは、そう言ってタンスの方を見つめた。

 懐中時計に仕込まれた手紙のことがよぎったけど、黙っておいた。

「一夜さんてば、昔から性根が悪くって。さっき来たのは、これから沙夜さんにわたす懐中時計を探しているからなのですよ」

「それ……もともと、一夜ばあの物だったんだよね?」

 あたしはためらいがちに聞いた。

「ええ」と千夜ばあは、うなずく。

「天道家には、天道家のお宝であり、超能力者のための三つの道具があるのです」

 そう言って、千夜ばあは教えてくれた。

 『時間操作』のできる懐中時計、読んだ通りのことが起きる天道カルタ、『念力』または『瞬間移動』が可能になる帽子の三つだ。

「一夜さんは子どもの時分に、自身の超能力である『年齢操作』を上手くコントロールできなかったため、懐中時計に力を借りていたのです」

 道具を使えば、限られた範囲で、自分と異なる超能力の効果を得ることもできるそうだ。けど、むやみに使えば大変なことになるという。だからこそ、道具をあつかうに相応しくない人じゃなくちゃダメらしい。

「懐中時計は一夜さんが持つには本来、ふさわしくないものでした。一夜さん、自分だけが若々しくいられても、周りが老いて行くのが嫌だと言っていて。時を永遠に止めようと、考えているのですからね」

「時を止める……?」

「先ほど申し上げた通り。超能力者であれば、懐中時計を使って時を止めることが可能なのです」

 千夜ばあはもちろん、あたしのママも、舞夜も美夜も星夜も。

 そうか、だからだ。

 ママがタンスにあるのを『透視』した時、千夜ばあにおとがめを受けたのは。

 「一夜さんは、子どものころから、時が一生止まればいいって、毎日のようにおっしゃっていたのです。千夜ばあは、一日一日を大事に行きたいというのに、一夜さんの都合で何度も時を止められてしまって。それがどうしても許せず、懐中時計をかけて十二の歳に勝負をし、負かしたのです」

 そして、それがきっかけで、あたしのママたちも超能力勝負をするようになったのだそうだ。天道家のお宝をかけて。

「一夜さんは、取り返そうと必死でした。けど、懐中時計だけはずっと行方が分からないと言って、大事に隠しておりました」

 そして、ママたちは負けて、天道カルタと帽子だけを、一夜ばあの子どもたちに取られてしまったんだそうだ。

 帽子はともかく、天道カルタを取られたことは、ママや千夜ばあにとっては脅威だったらしい。幸い、一夜ばあは超能力勝負まで触れることはなかったけど。

 あたしは、現在で蒼夜くんが、帽子を上手く使えこなせていないことを千夜ばあに話した。

「いいえ。帽子を被った人格が、本当の人格ですよ。コントロールしたければ、今度、帽子を被った蒼夜くんにこういうといいわ。『魚心あれば水心』って」

 その直後、視界が時計回りに回り出した。

「ちょっと待って、千夜ばあ。それからね、一夜ばあが、千夜ばあに――」

 謝りたがっていたことを、伝えたかった。

 けど、あたしの口から言う事じゃないか。

 それに、きっと、千夜ばあならわかってるはずだよね。


 だって、千夜ばあは『テレパシー』が使えるんだから。

 

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