第22話 天道カルタ戦。

「いっすんさきはやみ!」

 絵札が目に飛びこんで、手を伸ばそうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

「えっ⁉ 何で停電⁉」

 あたしはうろたえる。

「沙夜、停電じゃないよ。今、真っ昼間だから」

 舞夜の声が近くで聞こえる。あたしは、今一度読み札の言葉を思い出す。

「一寸先は闇――ってことは、今、あたしたち闇の中にいるってこと?」

「わーい、真っ暗」

 理解したところで、どこからか、のんきな星夜の声が聞こえてきた。

「あたしたちの超能力で、どう闇から切りぬければいいのかしら?」

 美夜の不安そうな声も聞こえてくる。

「暗闇の中をいくら飛んでも意味ないし。美夜が力ずくでどうこうもでもないし」

「じゃあ、あたしが時間を進めるとか?」

 思案する舞夜に対し、あたしは提案した。

 そして、暗闇の中、勘をたよりに時計を進める。

「とりあえず五分後、と」

 時計の針を回したものの、視界がゆがんだのもわからない。

「ねえ、かれこれ何分くらい闇の中にいるかしら?」

「さあ? 三十分は経つんじゃない?」

 美夜と舞夜の会話が聞こえてきた。

「三十分⁉ あたし、五分先へ針を進めたはずなんだけど、まだ闇の中に閉じこめられてんの⁉︎」

「ってことは、沙夜の超能力も役立たずか」

 がーん。

 舞夜ってば、さらりとヒドイ言葉を吐いてくるんだから。

 しかも、正確に時を進められなかっただけに余計へこむ。

「つまんなーい! ぼくもう、こっから出たーい!」

 星夜がわめいた直後、ぱっと目の前が明るくなった。そして、あたしたちは元々いた座敷に戻っていたのだった。

「よく切りぬけました」

 一夜ばあが、にこりと笑った。

「わーい。僕一枚ゲットぉ」

 星夜は『い』の絵札を手にバンザイした。

 助け船を早速使ってしまったけど、星夜の『瞬間移動』で脱出できたおかげだ。

「さすが、本家の皆さんお見事です」

 蒼夜くんが、冷静な眼差しで言った。

 蒼夜くんは、帽子を被らずとも切りぬけることができるのだろうか。

 何か、考えがあるのかもしれない。

「てこでもうごかぬ」

『て』の絵札を見つけた。

 みんなで一斉に絵札に手をついて、舞夜の手が一番下に来た。

「――って、この絵札、全然動かない!」

 舞夜が、畳にぴったり貼りついた絵札を、爪に引っかけて取ろうとするも、まったく動かない。

「てこでも動かぬだから、この場合ってもしや」

 あたしが考えていると、蒼夜くんが腕を真っ直ぐ伸ばして絵札に集中していた。

 やっぱり。こういう時は蒼夜くんが有利なんだろうな。

 『て』の絵札はあきらめるとしよう。

 見守っていると、蒼夜くんの顔がゆでだこのように真っ赤になっていく。

 他の絵札は、蒼夜くんの『念力』で宙を舞い出したけど、『て』の絵札だけは貼りついたままだ。

 となれば、

「美夜、ちょっと耳貸して」

 あたしは、美夜の耳にコソコソ話をする。

「なるほど。やってみるわ」

 美夜が合点したあと、あたしの言葉通り、絵札一枚貼りついたままの畳、一畳持ち上げた。

 それから美夜が、指先に畳を乗せて一夜ばあに向き直る。

「これでどうかしら?」

 美夜が堂々と言った。

「そぉねえ……ま、いいわ。認めるわ」

 蒼夜くんが、ぶはっと息を吐いて前のめりに倒れこんだ。

 同時に、宙を舞っていた絵札がバラバラ下へ落ちた。

 美夜が畳を元に戻すと、『て』の絵札は簡単にはがれ、美夜がゲット。

「かほうはねてまて」

 一夜ばあが次のカルタを読み上げると、蒼夜くんの横で爆睡している天夜くんのお腹の上に、カルタが落ちてきた。

「これ、天夜くんの助け船ってこと?」

 ま、一枚くらいは仕方ない。

 あと三枚、なんとしても先取しなくちゃ。

 服の中に収めた、懐中時計をシャツ越しに握る。

 絶対に、懐中時計、取られないようにしなくちゃ。

 次の句が読み上げられる。

 「きよみずのぶたいからとびおりる」

 一夜ばあの読み札を聞いたあと、「えっ」とあたしたちは動揺する。

 目の前の景色ががらりと変わり、あたしたちは気がつくと清水寺の中にいた。

 青々とした木々に囲まれ、遠くには京都の街並みが見下ろせる。

 昨日まではミンミンゼミが鳴いていたはずだけど、あたりはツクツクホウシがしきりに鳴いている。

「清水の舞台から飛び降りるって、思い切って大きな決断をするって意味だったかしら」

 美夜があごに手をやりながら、険しい顔つきで言った。

「江戸時代には、実際に清水の舞台から飛び降りた人がいるそうですよ」

 蒼夜くんが、雑学を教えてくれた。

 信じられない。地上まで十メートル越えのこんな高いところから、飛び降りる人がいたなんて……。

「やれやれ」、と舞夜がつぶやく。

「ここは、やっぱあたしの出番っしょ?」

 舞夜なら、百パー大丈夫だ。

 舞夜は、勢いつけて駆け出した。

「とりゃっ!」

 そして、本当に清水の舞台から飛び降りていった。

 しばらくして、あたしたちはエレベーターが下がるように急降下していく。

 気がつくと、一夜ばあのいる座敷に戻っていて、絵札を前に正座をしていた。

「清水の舞台から、ただいま」

 舞夜が、得意気に『き』の絵札を手に言った。

 これで、あたしたちは三枚目を獲得。あと二枚。

 あたしも、一枚くらいは取りたいんだけど……。

「ゆだんたいてき」

 休む間もなく、一夜ばあが次を読み上げた。

「油断大敵? 今度は、何が起こるんだろう」

 あたしも、マヨミヨも腕組みして考えていると、突然念力の帽子がどこからともなく飛んできて、蒼夜くんの頭にぽすんと落ちた。

「うそっ、絶対開かない金庫の中にしまっておいたはずなのに!」

 舞夜が甲高い声で驚いた。

「ふふふ……残念だったな天丼。この帽子さえあれば、もうお前らなんか怖くねえぜ!」

 蒼夜くんが、眼光鋭く言い放った。

「あのね、アンタ自身が、道具にたよらずとも自分の力で勝負したいって言ったんだからね!」

 舞夜が、食ってかかる。

「は? 俺、そんなこと言った記憶なんてねーしっ!」

 蒼夜くんは、ムキになって返す。いや、人格が変わっているから本当に記憶がないのかもしれないけど……。

「油断大敵の札。このオレが貰ったからな」

 そして、『ゆ』の絵札を手に意地悪く笑うのだった。

「サイテー……」

 舞夜が歯ぎしりした。

 気を取り直し、位置について注視する。

「ねんりきいわをもとおす」

 読み終えた直後に、突然どぉぉんと、轟音とともに地響きが起こった。

「何事⁉」

 あたしも、マヨミヨもあわてふためく。

 縁側に出てみる。なぜか、庭の真ん中に、ででんと巨大な岩が出現したのだった。

「念力岩をも通すってことわざ。昔、石をトラと見誤り、弓で石を射通したって話し、授業で聞いたっけ」

 舞夜が腕組みして言った。

「でも、それって明らかに蒼夜くんが優位じゃん?」

 そうこうしているうちに、『念力』で引っ張り出したと思われる、弓を構える蒼夜くん。

「ことわざの意味としては、どのようなことでも、一心に願い続け、心をこめてやれば、やってできないことはない、ということよ」

 一夜ばあが、うふふ、と笑顔で言った。

「蒼夜〜、がんばってぇ」

 黄色い声援。

 一夜ばあ、絶対ひいきしている。

 あたしは、悲しくなってきた。

 千夜ばあが、生きていてくれれば、きっとあたしたちが負けるなんてなかったのに。

『沙夜さん、』

 嘆くあたしの心に、千夜ばあの声が響く。

『自分の力を信じることです』

 気持ちが、ふわりと軽くなった。

 蒼夜くんが、弓を放った。

 『念力』で見事射抜いて、岩は跡形もなく消滅した。

 『ね』の絵札を手中に収めた蒼夜くん。

これで三‐三。並んでしまった。

「では次――」

 一夜ばあが、読み札を構える。

「にとおうものはいっとも――」

「マヨミヨねえちゃーん!」

 一夜ばあの声を遮るように、縁側で星夜が大声でさえぎった。

「ウサギ小屋のウサギ、逃げちゃったー」

 外で遊んでいた星夜が、憎らしいほど満面の笑顔で言った。

 逃げたんじゃなく、逃がしたに決まっている。

 あたしたちは、庭へ出る。

ウサギ小屋で飼っていた、白と黒のウサギは二羽ともいない。

「さっきの読み札、二兎追う者は一兎も得ずだよね?」

 あたしは、念のため美夜に聞いた。

「最後まで聞き取れなかったけど。きっとこの場合、捕まえた方が勝ちかもしれないわ」

「じゃあ、二兎追う者は一兎も得るか」

 庭に隠れた、白と黒の二羽の兎の行方を捜す。

「いたいた、シロもクロも、なかなかすばしっこいウサギなんだよ!」

 舞夜が、『飛行』で先回りしてウサギを捕まえようとするも、二羽のウサギは上手くちりぢりに。白だけでも捕まえようとするも、するりとかわされる。

 美夜の足元をくるくる逃げ回る黒は、美夜をおちょくっているようだ。

「そうだ、こういう時こそあたしの出番⁉」

 懐中時計で、時間を止めれば――

 そうこうしているうちに、白と黒のウサギがふわりと宙に浮かぶ。

 そして蒼夜くんの両腕に、しっかりと収められたのだった。

 蒼夜くんが、ちっちっちっと三回舌打ちする。

「甘い甘い。お前らじゃがぜん無理だ」

 『念力』でウサギ小屋に、見事ウサギを収めた蒼夜くん。

 『に』の絵札は蒼夜くんのものになるのか……。

「ごめん。あたしが、もっと早く時間を止めていれば……」

 両手を合わせて、マヨミヨに深々と謝った。

「ドンマイ。気を取り直そ」

 舞夜が、あたしの肩をぽんと叩いて励ました。舞夜の顔からは、焦りと悔しさがにじみ出ていた。

 三‐四。蒼夜くんが大手をかけた。

 今の蒼夜くんに負けるのは、正直釈然としない。

 あたしたち、本当に負けてしまうのだろうか。

 けど、マイナスなこと考えてもしょうがない。

 仕切り直して、絵札の前に正座。

「もぬけのから」

 予想だにしないことわざに、都度動作が止まる。

「もぬけの殻って……?」

 一瞬考えて、あたしはぽんと手を叩く。

「じゃあ、セミやヘビの抜け殻でもいいのかも!」

「沙夜ナイス!」

 舞夜もぱちんと指を鳴らすと、縁側から庭へ出て行く。

『飛行』でセミの抜け殻を見事ゲット。

 これで、蒼夜くんにまた追いついた。

「うふふ、残念ねえ」

 縁側から、嫌味たっぷりに笑う一夜ばあ。

「今の札、蒼夜が獲得したわ」

 その言葉に、あたしたちは一瞬耳を疑う。

「どういうこと⁉」

 舞夜が怒声混じりに叫んだ。

 座敷に戻ろうとしたとき、あたしたちは理解した。

「もぬけの殻って……」

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