第18話 超能力者の悩み。
帰り際、座敷の様子をうかがうと、蒼夜くんがすみっこで正座してうなだれていた。
「……蒼夜くん、大丈夫?」
あたしは、一応声をかけた。
「すいません……また、本家の皆さんにご迷惑をおかけしてしまったみたいで……」
「いや、迷惑なんかじゃないよ……たぶんだけど」
蒼夜くんが、くるりとこちらを向いた。
「沙夜さんの超能力って『時間操作』なんですよね?」
心なしか、目に力がこもっているような……。
「未来の僕を、見に行って来ていただけませんか⁉」
両拳を胸の前に握って、蒼夜くんは言った。
ぐいと、あたしの顔にせまって来る蒼夜くん……。
いろいろ戸惑う。
「……未来の蒼夜くんを見てくるって?」
「この先、自分の意思で超能力を上手く使いこなせているのか、見て来て欲しいんです」
お願いします! と、力をこめて懇願してくる蒼夜くん。あたしは、ためらう。
「……でも、あたしじゃなくても、天夜くんなら『予知夢』でどうなってるのか見ることができるんじゃない?」
そう返すと、蒼夜くんは、いったんきゅっと口を結んだ。
それから、ため息のあと口を開いた。
「……天夜は、女の子以外には『予知夢』のことを話してはくれない性格なんです」
蒼夜くんの話しに、ずこっとよろけた。
「弟ながら、あいつは白状なヤツなんです」
蒼夜くんは、不満気に言った。
やれやれ、とあたしは心の中でつぶやいた。
「実は日本に来る前、あたし、この先の未来に行って来たんだ。
「ほんとですか⁉」
蒼夜くんが、瞳を輝かせてきた。
「と言っても、蒼夜くんの未来というか、うちらの未来っていうか」
「それでもかまいません!」
うっ……近い近い。
興奮する蒼夜くん。あたしは少しだけ後退する。
「蒼夜くんが、果たし状持って本家にやって来て勝負するって言うから、勝敗を知りたくて。あたしたち、どうやら蒼夜くんに負けちゃったみたいなんだ」
そう返すと、蒼夜くんの顔が険しくなった。
「天夜くんの夢見も、あたしたちが負けるって予知しているみたい。だから、蒼夜くんは超能力をちゃんと使いこなせてるってことなんじゃないかな?」
安心させるために言ったつもりだけど、蒼夜くんはだんまりしてしまった。
気がすんだのかな。そろそろ、帰らなくちゃ。
「沙夜さんたちに勝負を挑んで負かすつもりなんて、微塵もありません」
蒼夜くんの言葉に、腰を上げようとして止めた。
「帽子を被っている時の僕が、勝負をしたがっているだけなんです。僕はただ、超能力をちゃんと正確に使いこなしたくて。正確に超能力を使える本家の皆さんのもとで、修行をさせてもらおうと思ってやって来たんです」
それを聞いて、こそばゆくなった。
「正確にって……あたしは、全然正確に使いこなせてないんだけどね」
「いや、沙夜さん、思い通りに未来へ行ったんじゃ?」
「いや、だってあたしも天道家に伝わるお宝のおかげでさ――」
言いかけて、しまったと思った。
「え? お宝? 沙夜さんも?」
今更ごまかすのも無理がある。
それに、今の蒼夜くんなら話しても大丈夫だろう。
懐中時計を、取り出して見せた。
「実はこれ。過去に戻ったときに千夜ばあから受け継いだ道具なんだ。これがあれば、割と正確に過去や未来へ行くことができて。しかも、時を止めることもできる、優れもの」
通販番組チックに説明すると、蒼夜くんは、瞳をパッチリ、いっそう大きくして見入る。
「これがあっても、たまに、自分の意思と反して過去や未来へ飛んじゃうことがあるから。あたし、まだまだ、修行が足りない未熟者で」
てへへ、と頭をかく。ま、修行なんて、全然してないけど。
「舞夜と美夜は、道具に頼らずとも努力で超能力をコントロールしているみたい。けど、あたしは、二人みたいに優秀じゃないから」
あたしは、こつんと頭を叩いて見せる。
「蒼夜くんはちょっと厄介よね。人格まで変わってしまうんだから」
そう言うと、蒼夜くんは力なくうなずいた。
「その通りなんです」
しんみりした空気が漂う。話題を変えなきゃ。
「うちの千夜ばあがね、よく言っていたんだ。『上手くいくと信じていれば、必ず上手くいく。この世に生まれたからには、誰にでも必ず試練が待っている。おそれず、しっかり前を向きなさい』って」
蒼夜くんは、うつむいた顔を上げてくれた。
「だからさ、上手くいくっていつも心に念じていれば、帽子を被っても被らなく上手くいくようになるんじゃないかなって」
あたしは、蒼夜くんの肩をぽんっと叩いて元気づける。
「こんなあたしが言うのもなんなんだけどねっ」
あははーと笑って見せると、蒼夜くんはみるみるうちに表情が明るくなっていく。
「そうですよね。もっと、僕の信念がしっかりしていれば上手く行くような気がします!」
両拳を握って、自信に満ちた蒼夜くん。
「じゃ、あたしは帰るね」
和室を出て行こうとして、舞夜と鉢合わせになった。
「あ、ちょうど良かった。沙夜。また、コンロの具合がおかしいんだ」
「仕方ないなぁ。二年前のミラクルを起こすとしよう」
勇ましく台所へ向かう。
コンロのスイッチを回しても、たしかにカチカチ鳴るだけで火がつかない。
「今日はダメだと思うな。っていうか、いいかげん、新しいの買えばいいじゃん」
「ヤダね。愛着あるし。もったいないもん」
そう言って、コンロをばしばし叩く舞夜。
愛着はどこへやら。
ふいに、背後から肩を叩かれた。
「沙夜さん、僕に任せて下さい。上手くいくと信じていれば、上手くいきますよ」
パチリ、とウインクした蒼夜くん……。
蒼夜くんは、コンロの前に立つ。それから、腕を真っ直ぐ伸ばすとコンロにてのひらを向けた。
しばらくして、カタカタ、窓ガラスが動き、鍋もガタガタ小刻みに動き出す。
「蒼夜、『念力』はいいから!」
舞夜が、あわてて止めようとする。
「大丈夫、話しかけないで下さい……」
力を入れているせいで、顔が真っ赤になっていく蒼夜くん。
「ねえ、マッチ、見つけたわ」
美夜が台所のドアを開けて入って来たと同時に、蒼夜くんの帽子がびゅーんと飛んできた。蒼夜くんの頭に、ぽすんと着地した。
その直後、ぼんっとコンロのガスがついた。
火はついたものの、嫌な予感がする……。
「またか」
舞夜が、頭を抱えた。
「沙夜ちゃん、早く帰った方がいいわ」
美夜にうながされ、あたしは「ごめん!」と謝って玄関へ猛ダッシュ。
「天丼! 飯食ったら勝負だ!」
蒼夜くんの雄々しい声が屋敷中に響き渡った。
マヨミヨ、本当にごめん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます