第17話 面倒な天道兄弟。

 帽子を目深に被ってじっとうつむく蒼夜くん。

「大丈夫?」

 あたしは声をかける。みんなで固唾を飲んで見守っていると、蒼夜くんはやおら顔を上げた。

 げっ。なんか、見覚えのある顔つき。

「テンドン……」

 そして、どこかで聞き覚えのある口調。

「ふふふ……やっと本家三人揃ったな」

 穏やかな物腰は消え、蒼夜くんはすっくと立ち上がってあたしたちを見下ろす。

 そうだ、靴箱で忍者座りしていたあの男の子に間違いない。

「また、始まったか。めんどくさ」

 舞夜が、頭を抱えて言った。

「とっとと勝負しろ、天一家!」

 あたしは、ぽかんとした。

「やい、聞いてんのかてめーら! さっさと表に出ろ! 超能力鬼ごっごで勝負しやがれ!」

「……わかった。そんなに言うなら仕方ない」

 舞夜が、冷静に返した。

「けど、その前に買い物に行かせて」

「るせぇ! 買い物の前に勝負だ!」

 すかさず、舞夜が蒼夜くんの顔の前にスーパーのチラシを向ける。

「十五時から十六時まで、一時間のタイムセール。だから無理」

「うぬっ……」

 蒼夜くんはひるんだ。

「今日の夕飯、納豆だけで構わないならいいんだけど?」

 舞夜はチラシをひらひらさせて、たたみかけた。

「……じゃあ、買い物のあとだからな!」

 蒼夜くんが条件をのみこんだあと、舞夜は席を離れる。

「ハイハイ。じゃ、行ってくるから」

 舞夜が出て行こうとして、瞬時に蒼夜くんの帽子を取った。

 突然、蒼夜くんはぱたりと気を失った。

「そそそっ、蒼夜くん⁉」

 あたしはうろたえる。

 そして、今気づいた。蒼夜くんの背中、Tシャツに『強者』とでかでか文字が書かれている……。

「大丈夫だよ、沙夜。この人、いつもこうだから。数分もすれば目を覚ますよ。で、帽子を被っている間の記憶は、すっかりすっ飛んでるんだ」

 舞夜は帽子をくるくる回しながら、和室を出て行く。

 帽子は、蒼夜くんの希望もあって、できるだけ隠しておいているみたい。帽子を取れば、大人しくなるようだ。

 舞夜は買い物へ。あたしと美夜は、グラスの片づけを始める。

「蒼夜くんが、わたしたちのことを天丼呼ばわりしているのは、本家だと認めたくないからですって」

 台所へ向かう長い渡り廊下を歩きながら、美夜が教えてくれた。

「お家騒動みたい。なんかヤダ」

 あたしは、肩をすくめた。

「それより、とっとと勝負して、蒼夜くんをあきらめさせたらいいんじゃない?」

「それがね、一夜ばあが」

 美夜が言いかけて、台所の入り口で、じっとあたしたちを見つめている人物に気づいた。

 星夜と歳変わらない男の子。

 寝起きなのか、やや眠たそうに目をこする。

 美夜が、一瞬顔をゆがめたあとすぐ笑顔で手をふった。

「天夜くんね。こんにちは」

 あたしは、天夜くんの視線の高さに合わせて笑顔で挨拶した。

 星夜となんとなく雰囲気が似ている。

 白いランニングシャツ、ボサボサの頭。

「三十秒後、お姉さんは、頭が痛くなりますよ」

 天夜くんが、大きなあくびと共に何やら宣告した。

「三十秒後……?」

 あたしは、小首を傾げた。

「沙夜ちゃん。天夜くんの予知夢、結構当たるから気をつけ――」

 と、美夜が注意をうながす最中、ずごん!

「ふぎゃっ!」

「おねーちゃん見っけ!」

 突然、星夜が頭上から降って来たのだった。

「ママが、早く引っこしの荷物片づけなさいってー」

 星夜はあたしの背中に乗っかって言った。

「星夜……早く降りなさい……」

 たしかに、天夜くんの言う通り、三十秒後、頭が痛くなった……。

「天夜だー。かくれんぼしよー」

 星夜の誘いに、天夜くんはうなずく。

 星夜が隠れる間、天夜くんは居眠りを始める。予知夢で居場所を当てるのだろうか。かたや、『瞬間移動』の超能力を使う星夜だけど――。

「星夜くん、天夜くん。うちでかくれんぼはやめなさいって言ってるでしょ」

 美夜が手を腰に当てて注意する。あたしは、はっとした。勝負の行く末は気になるところだけど、人様に迷惑かけてはならない。

「星夜! 用がすんだなら帰りな! 言うこと聞かないと、ママに言いつけるからね!」

 キツく叱ると、星夜は「はーい」と間延びした返事をして、ぱっと姿を消す。

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