第9話 過去へ。未来へ。

「沙夜さん。沙夜さん」

 ふいに、千夜ばあの呼びかける声が聞こえた。

「また、会ったわね、沙夜さん」

 なぜか、あたしの前に、優しい顔で見つめる千夜ばあがいた。

辺りを見ると、缶蹴りをする舞夜と美夜と星夜がいた。また、一年生の時の夢だ。

 つまらない夢。毎日缶蹴りばっかりするんだから。

「いいえ、沙夜さん。これは夢ではないの」

 え? とあたしは目を丸くさせる。千夜ばあは、にっこり笑う。

「沙夜さんは、『時間操作』の超能力で、また、過去に戻って来たのですよ」

 千夜ばあの言葉に、あたしは目をぱちくりさせた。

「沙夜さんは、十歳の誕生日のひと月前に『時間操作』の超能力に目覚め、こうして何度も、千夜ばあのもとにやってくるのです。そうそう。十二歳の沙夜さんも、先日やって来たわ。それから、高校生のお姉さんになってもこの日に戻って来たのです。でも、その時、感傷的な『時間操作』は危険だから二度と操作をしてはいけませんと、キツく叱りましたけどね」

 千夜ばあは、フグみたいにぷくっとほっぺをふくらませた。

「けれど、今の沙夜さんは、『時間操作』が上手くできず、とても苦しんでいることでしょう。意思と反して、過去、現在、未来を行き来してしまうため、知らず知らずに、大変なことが起きてしまうのです」

 千夜ばあは、すっくと立つと、障子戸を開けて和室の奥へ行く。タンスの一番上の引き出しを開けると、何かを手に戻って来た。

「やっと、これを渡せる日が来たわ」

 千夜ばあは、あたしに懐中時計を見せてくれた。少し古ぼけているけれど、千夜ばあがボタンを押して開くと、文字盤がキレイに刻まれていた。

「それは、ご先祖様が大事に使ってきた懐中時計です。ことに、『時間操作』の超能力者には必要な道具となるのです」

 そう言って千夜ばあは、あたしの手にそっと握らせてくれた。

「使う場合は、時計の針を動かすことでコントロールしやすいことでしょう。過去へ行きたいときは、針を反時計回りに、未来へ行きたいときは、針を時計回りに回すのです。その際、心の中で強く念じることです」

と、『時間操作』のやり方を、ていねいに教えてくれた。

「ただし、むやみに人に見せてはなりません。沙夜さん以外の人間に渡してしまえば、大変なことになりますからね」

 釘を刺され、あたしはこくりとうなずく。

「沙夜さん。うまくいくと信じていれば、必ずうまくいきますからね」

 千夜ばあはにこりと微笑んだあと、あたしをぎゅっと抱きしめてくれた。

「この世に生まれたからには、誰にでも必ず試練が待っているものです。おそれず、しっかり……前……いて……」

 だんだんと、千夜ばあの声が遠くなって目の前の景色がゆがむ。

『時間操作』をする前に、また、あたしはどこかへ飛ばされてしまうんだと思った。


 意識が戻った時、なぜか、一面ガラス張りの窓の前にいた。高層ビルが立ち並ぶ、都会の風景が目に飛びこんで、思わず息をのんだ。ガラス窓に近づいて、映し出される一人のお姉さん。淡いピンクのワンピースに、白いカーディガンをまとっている。

「沙夜、どこに行ったかと思ったよ」

 ふり返ると、紺色の長袖シャツに、水色の花がらのロングスカートをはいた、背の高いお姉さんが立っていた。

「えーっと、どちら様?」

 あたしは、戸惑いながら聞いた。

「何言ってんの! 舞夜だよ!」

「うそ! 舞夜⁉」

「うそ! って、エイプリルフールはとっくに過ぎたし」

 舞夜は、こわい顔でぐっとあたしにつめ寄った。

「ちょっと待って。今、何年何月何日? あたしたち、今いくつ?」

「二0××年の五月五日。十七歳、悩める女子高生だよ。あ、さては『時間操作』の超能力のせいで記憶が飛んでるってやつ?」

 舞夜が、あたしの顔をまじまじと見て言った。

「またか。この間も過去の沙夜が来た。で、今の沙夜はいつの沙夜?」

「小四……」

「小四⁉ さらになつかしい! あ、それはそうと、美夜が席を確保してくれてるからさ、話しはそこで聞くよ」

 舞夜は、あたしの手をぐいぐい引っ張って行く。

 そして、テレビで見たことのあるお店の中まで連れてきた。

「ここって、もしかして、アベニールビルの?」

「そうだよ。小四の時から、ずーっと、ここのキングパフェ食べたいって言ってたじゃん」

 舞夜は、おかしそうに笑って言った。

「美夜!」

 舞夜に呼ばれて、ショートカットに黒い帽子をかぶった人が、こっちをふり向いた。

 あたしは、目をぱちくりさせた。

 美夜は、白いパーカーに黒いズボンをはいて、ボーイッシュだからだ。

「ほんとに、美夜? 小四のころと、見た目が舞夜と逆転してる」

「急にどうしたの? 変な沙夜ちゃん」

 声を聞いてちょっとホッとした。美夜のおだやかな物ごしは変わっていなかった。

「今の沙夜は、十七歳の沙夜じゃないみたいだよ。小四の沙夜だってさ」

 あたしのとなりに座る舞夜は、親指をあたしに向けて教えた。

「あたし、さっきまで千夜ばあのとこにいたんだよ。舞夜と美夜と星夜はいつも缶蹴りやっていて、空き缶十個も失くしてた」

 あたしが説明すると、舞夜と美夜が同時に笑った。

「千夜ばあから、缶蹴り禁止令が出たあの時か」

「うんうん。たしか、小一の時でしょ?」

 舞夜と美夜が、かわりばんこに話した。

「っていうか、沙夜さ。この間も千夜ばあのとこ行って、むやみに『時間操作』してはいけないって叱責くらったって――あ、それは十七歳の沙夜であって、目の前の沙夜じゃないんだっけ――もぉーっ、ややこしい!」

 舞夜はせっかく整ったロングヘア―をくしゃくしゃっとかき乱す。舞夜の話しは、千夜ばあが話していたことと似通っている。

「けどね、今、小四のあたしは入院しているんだ。十二月二十四日、マヨミヨんちでクリスマス会やった帰り道、竹林のトンネルの中で、あたしは火事にあった。マヨミヨんちも、半分燃えちゃったみたいで」

 そう話すと、舞夜がぱちんと指を鳴らした。

「小四の時のあの日か。クリスマス会を開いていたら、とんでもないことになっていたって話し。だから、クリスマス会の計画から、放火犯捕獲計画に変更したんだよね」

 舞夜が、そうまくし立てた。

「そうそう。沙夜ちゃんが、いつも大事にしまっている時計を使ってね」

 美夜は、ぱちりとウインクする。

 あたしは、胸元をそっと両手で抑えた。

 千夜ばあからもらった時計――首に下げている。

 むやみに人に見せてはいけないって言われているけど、マヨミヨは知っているから大丈夫だ。

「時計についているボタン、押してみて」

 美夜の言う通り、懐中時計の十二時の上についたボタンを、カチッと押してみた。

 たちまち、静けさがただよった。

舞夜と美夜は、口を開けたまま止まっている。周りを見ると、コーヒーをカップに注ぐ店員さん、パフェを口に運ぼうとしたまま止まっているお客さん――あたし以外の人すべて、まるで静止画みたいに止まっていた。

 あたしは、もう一度カチッと押した。

「ね。今、時間を止めることができたでしょ?」

「でも、長いこと止めると大変なことになるから気をつけなよ」

 舞夜が、美夜の話しに注意をつけ足した。

「お待たせしました」

 と、あたしの前に、豪勢なフルーツとアイスクリーム山盛りのパフェが置かれた。

「わあ! 食べたかったキングパフェ!」

 ありつこうとスプーンを手に取った瞬間、目の前の景色がぐるぐる左回りに回り出した。

「ああっ! あたしのキングパフェ……」

 手を思いっきり伸ばしてもつかめない。

 はっと気がつくと、舞夜の顔があった。でも、あのお姉さんの舞夜じゃない。

「沙夜、何してんの? 右手をのばしたまま、人の顔、じーっと見ないでよ」

 あたしがよく知っている、いつもの舞夜だ。

「あたし……戻ってきた……?」

つぶやいたあとで、はっと思い出した。

「あたしのキングパフェ! そうだ、あの時だけでも時間を止めれば良かった!」

 激しく後悔して、あたしはがっくりうなだれた。

「おかしな沙夜ちゃん」

 と、美夜が声を立てて笑う。あたしがよく知っている小四の美夜だ。

「どうでもいいけど、十二月二十四日の、クリスマス会の計画の続きやろうよ」

 舞夜はえんぴつを手に、ノートを広げた。

「あのさ、今、何月何日?」

あたしが聞くと、舞夜は、ため息ついてあきれ顔をする。

「沙夜、寝ぼけ過ぎだよ。今日は、十二月二十日でしょうに」

「話しの流れって、どうだったっけ?」

 立て続けに質問したせいで、舞夜は二の句がつげないようだ。

「沙夜ちゃんから冬休みに引っこす話しを聞いて、アベニールビルに行く計画はやめて、十二月二十四日に、うちでクリスマス会を開く計画を立てようってとこまでよ」

 美夜が、おだやかに答えてくれた。

「わかった。でね、マヨミヨ。今から、大事な話しをするから聞いて」

 あたしは、千夜ばあからもらった、懐中時計を取り出す。

 マヨミヨは顔を見あわせて、不思議そうな顔をしていたけど。あたしの話しに、マヨミヨは真剣に耳を傾けてくれた。


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