第8話 『発火』の超能力。

 次に目を開けた時、目の前に星夜の顔があった。

「おねーえちゃん、大丈夫?」

 また、お腹の上に乗られたかと思ったら、あたしの横に座って、あたしの顔を心配そうにのぞきこんでいた。

「ここ、どこ?」

 見覚えのない、白くて冷たそうな天井。つんと鼻を刺す、薬品のにおい……。

「病院よ。この間から入院しているの」

 星夜のとなりにいるママは、いつもより優しい口調で答えた。

「この間っていつ? 何があったの?」

 あたしは、口早に質問した。

「もう、また同じこと聞いて。舞夜ちゃん美夜ちゃんちで、二十四日にクリスマス会をやった帰り道、竹林のトンネルの中で、火事に巻きこまれたのよ」

 ママの話しを聞いても、全然思い出せない。

「ママ、今から星夜を幼稚園にあずけに行くから。もう少ししたら、舞夜ちゃん美夜ちゃんがお見舞いに来るそうよ」

 ママはそう告げたあと、暗い顔をする。

「千夜おばあちゃんの家も、竹林で起きた火災が原因で、半分家が燃えてしまって大変だったのよ……」

 ママは、目にうっすらと涙をうかべていた。

「引っこしは、どうなったの?」 

 星夜の手を引いて出て行こうとするママに、あたしは質問を投げかけた。

「パパが先に行くことになったから、沙夜の体調が良くなるまで、延期になったの」

 あたしは、「そっか」と小さく返事をした。ぱたんと、ドアがしまった。

 あたしがはっきり覚えているのは、お昼寝中に星夜に起こされて、夕方、自転車に乗ってマヨミヨんちに行こうと、竹林のトンネルの中を走っていたところまでだ。冬休み前の十二月二十日。そのあとの記憶が、飛んでしまってはっきりしない。

 コンコンって、ドアを叩く音が聞こえてマヨミヨが現れた。

「沙夜、無事で良かったよ。不幸中の幸いだったね。やけども軽くて奇跡だったって、紀夜おばちゃんから聞いたよ。きっと、千夜ばあが守ってくれたんだね」

 舞夜は、花びんに花を生けながら言った。

「でも、家、燃えちゃったんでしょ?」

 あたしは、力なく聞いた。

「うん。千夜ばあの、仏壇の部屋がさ……」

 舞夜は、暗い顔で言葉をつまらせた。

「沙夜ちゃんをこんな目に合わせたし、うちを燃やした犯人を、わたし絶対許せない。見つけたら、必ずねじ伏せてやるんだから」

 美夜が、憎しみをこめて言った。

「その犯人さ……あたしだと思うよ」

 あたしは、ささやくように切り出した。

「あたしが、火事を発生させてるんだと思う。『発火』の超能力で」

「何言ってんの、沙夜なわけないよ!」

「そうよ、絶対、沙夜ちゃんなわけないわ!」

 舞夜と美夜は、強い口調で返した。

「だって……犯人が捕まらないっておかしいもん。しかも、あたしの周りで不審火が発生しているんだよ? 舞夜と美夜の家のガスの火だって、あたしが近づいたらついたじゃん。家の近くで起きた、リサイクルステーションも、町のあちこちで起こっている不審火も、ぜんぶ、あたしの超能力のせいだよっ」

 あたしは言いながら、涙をボロボロこぼした。

「竹林の道で、あたし、火の玉だって見たんだもん!」

 あたしは言いきったあと、頭から布団をすっぽりとかぶった。

「違うよ。沙夜は、そんな超能力に目覚めるはずないよ」

「そうよ。犯人がどこかにいるはずだから」

「マヨミヨ、もうあたしに近づかないで! 上手くコントロールできないんだから! もう帰って!」

 あたしが突き放すと、「行こう、美夜」と小さな舞夜の声が聞こえて、パタンとドアがしまった。

 そう――。

 目覚めてはいけない力に、目覚めてしまったんだ。

 だったら、ボンジンのままでずっと良かった。美夜と千夜ばあの言う通り、超能力なんかに目覚めない方が良かったんだ。

 なんの取りえもない上に、人に迷惑しかかけないサイテー人間! 

 あたしは、悲しくて悔しくて、わんわん泣いた。

 どんなに泣いても悔やんでも、もう取り返しがつかない。

 けど、

 せめて、もう一度、あの日に戻れたら――

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