第7話 千夜ばあ。
ぬくもりの中で、あたしは目が覚めた。
さくら色のキレイな着物――あたしは、千夜ばあの腕の中にいる。
庭で、マヨミヨと星夜が遊んでいる。みんな、幼い。
ああ、あの時だ。あの時の夢を、あたしは見ているんだ。星夜が超能力に目覚めた次の日――ってことは、あたしは一年生だ。
鬼の舞夜が空中飛行をしていて、『瞬間移動』する星夜を捕まえようと必死だ。すきを見て、美夜が空き缶を空高く蹴飛ばした。
「あーあ。空に消えたの、これで十個目だよ? スペースシャトルに穴開けたらどうすんの?」
舞夜が、意地悪く笑って言った。
「もうっ、そんなことないわよ!」
ぷくっとむくれる美夜。
「ねえねー、もっかーい」
むじゃきに星夜が言った。
あたしは、仲間はずれだと思いこんでいるから、缶蹴りには絶対に入らなかった。
「ねえ、千夜ばあ。舞夜も美夜も、星夜だって超能力に目覚めたのに、あたしだけ、一年生になっても、まだボンジンなんだよ? あたしだけボンジンなんて、イヤだよ」
半べそかいてうったえるあたしに、千夜ばあは、にっこりとほほ笑んだ。
「沙夜さん。天道家の古い考えは、気にしなくていいのですよ。そもそも、ボンジンなんて、この世に存在しないもの。この世に生まれた、たった一人のあなたは、決して、ボンジンなどではありません」
千夜ばあは、そっとあたしの頭をなでてくれた。
「超能力に目覚めることは、本来良いことではありません。とても危険で大変なことなのです。できれば、目覚めないことにこしたことはありません」
「どうして?」
「千夜ばあはね、人の心を読めてしまったことで、悲しいこと、つらいことがたくさん増えてしまったわ。口ではいいことを言ってくれていても、心の中でいじわるく言う人がいてね。沙夜さんくらいの時に、もう傷つくのが怖くて、だれにも近づけなくなってしまったわ」
千夜ばあの目は、何だかさびしそうだった。
「超能力に目覚めなければ良かった。何度も、そう思ったことがあったの」
千夜ばあも? 超能力ってそんなに厄介なんだ……。
「実はね、沙夜さん――」
千夜ばあが言いかけたところで、ぐるぐると視界が回って、たちまち、見覚えのある天井が目に入った。
「おねーちゃん、おはよー」
「ぐえっ!」
あたしの目の前に、星夜がこつぜんと現れた。
「星夜のバカ! 毎回言ってんでしょ!」
「えっへへ。おねーちゃんのとこって言ったら、ここに来ちゃったんだもの」
のんきな星夜は、あたしのお腹の上でへらへら笑う。
「いいから、とっとと下りなさい!」
にくめないやつだけど、今日ばかりはにくくてたまらない。
もうっ、星夜のせいで、日曜日の幸せなお昼寝タイムがぶち壊し!
気分転換に宿題しようと、こたつのあるリビングに向かうもこたつがなくなっていた。
「なんで、こたつ片づけちゃうの⁉」
あたしは、目をむいた。
「来週引っこしでしょ。早いとこ片づけておかないと」
フライパンでじゅうじゅうと料理をしながら、ママが言った。
「そっか。あたしには、冬休みが来ないんだった……」
もう、しばらくはこの家に帰って来られない。
この町にも、たぶん、日本にも……。
あたしは、気がつくと玄関の外にいた。
日が、もう暮れかかっている。
自転車に乗って、気ままに走る。
冷たい風が、びゅうびゅうと向かってくる。けれど、負けじと自転車をこいだ。
坂道にさしかかって、自転車を立ちこぎする。今日は、この坂道を自転車から降りずに上って見せると決意した。
「うまく、いくと、信じていれば、かならず、うまく、い、く!」
おまじないのようにとなえたら、あきらめないで、最後まで上りきることができた。
頂上まで来たら、あとは一気に加速。
だんだん、竹林のトンネルが見えてきた。
あたしはまだ、ちゃんとマヨミヨに引っこすことを話していない。もしかしたら、もう知っているかもしれないけど……。
竹林のトンネルを走行中、やにわに、あの青白い火の玉が目の前を横切った。
「ひいっ!」
目をぎゅっとつむって、あわててブレーキをかける。
しばらくして、バチバチという音とともに、急に、はだに熱を感じた。
目を開けた瞬間――絶句した。
辺り一面、火の海に囲まれていたからだ。
しかも、さっきまで自転車に乗っていたはずなのに、自転車がどこにもない。代わりに、あたしは、お菓子の入ったサンタブーツを抱えていたのだった。
「あたしの周りに、なんで火が?」
自分の言葉に、ハッとした。
あたし、もしかして……。
熱さと息苦しさのせいか、視界が、ぐにゃりとゆがんでいく。
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