第6話 ボヤ騒ぎ。火の玉。

 帰るころには、すでに辺りは真っ暗だった。

 そう言えば、何か忘れているような気がする。ま、いっか。

 竹林のトンネルを自転車に乗って走行中、ふいに、目の前が明るくなった。

「わっ!」

 思わず、急ブレーキをかけた。あたしの目の前に、青白い火の玉が現れたからだ。

「ひぃぃぃっ!」

 怖くて一目散に逃げる。

 無事、家に着いてドアを開けるなり、ママが仁王立ちで待ちかまえていた。

「夕飯食べて帰るなら、ちゃんと連絡しなきゃダメでしょ」

 そうだ、ママに連絡すること、すっかり忘れていたんだった……。

「まあ、今日のところは許してあげる」

と、鬼の形相がやわらいだ。

「星夜のお迎えの件、入れ違いになっちゃって悪かったわね。さっさとお風呂に入りなさい。あと、宿題も忘れずにやりなさいよ」

 宿題というフレーズに、あたしの頭がずしんと重たくなった。けど、今度こそ、ちゃんと忘れないようにしなくちゃ。

「ただいま」

 パパが帰って来て、何やら鼻をくんくんさせた。

「どこかで、こげ臭いにおいがする」

 パパが、けげんな顔をした。ママが、キッチンの小窓を開けてにおいを確認する。

「何もにおわないけど。ちょっと待って、念のため」

 ママはそう言って、目をとじた。『透視』で、原因をさぐるようだ。

「たしかに、何か燃えているわ……近所の、リサイクルステーション……」

 ママがつぶやいたあとで、目をカッと見開いた。

「パパ、バケツに水くんで! 沙夜は星夜と家にいて! まだ間に合う!」

 鬼気せまるものを感じて、星夜をしっかり抱きしめてママの指示にしたがう。

 それから、パパとママが戻って来たのは二時間後だった。警察に連絡して、リサイクルステーションで起こったボヤ騒ぎを説明していたのだとか。

「まさか、例のニュースと同じ不審火が、近所で発生するなんてなあ」

「燃え広がらなくて良かったけど。犯人がまだ見つかっていないから、用心だわ」

 パパは、やれやれと冷蔵庫に向かう。ママはキッチンに立って、コップ一ぱいの水を飲み干した。

「かーっ、やっぱり冬はビールだな」

「パパ違うし。冬はこたつに、みかんかアイスでしょ?」

 こたつにもぐって、宿題片手にみかんを食べるあたしは、パパに指摘した。星夜は、クレヨンを握りしめたまま、こたつの中で幸せそうに寝ている。 

「そうだよな、日本の冬はこたつだよな……」

 パパは意味深なことをつぶやいて、キッチンにいるママと、何やら目で合図する。

「沙夜。大事な話しがあるんだ」

 パパが、真剣な顔つきで切り出した。

「パパの転勤先が、海外に決まってね。場所は――」

 パパの話しを聞いて、あたしはえんぴつをからんと落とした。

 今度は、家族全員で引っこし。

 一年通して暖かい外国へ。

だからもう、こたつは必要なくなるって。

「――冬休み中に引っこす予定だから、今のうちから荷物をまとめておくんだよ」

 あたしはさっさと宿題を片づけて、二階の自分の部屋へ上がった。

 で、さっき、パパ、どんな話しをしていたんだっけ?

 ベッドに寝転がって思い出そうとしたんだけど、忘れちゃった。

 冬休み、あたしは、マヨミヨとアベニールビルに行くんだったよね。

 指きりしたんだもん……。

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