第5話 不思議なこと。
タキ田小学校を基準に、学区の一番東にあたしんちがあって、マヨミヨんちは、一番西に位置する。
うちから学校に行くまでは平たんな道だけど、そこからさらに西へ向かうと、長い坂道を上らねばならない。
坂の中腹まで上って、ギブアップ。自転車を押して歩いた。
頂上に着くと、見晴らしのいい公園で町を一望した。
「マヨミヨんちまで、あと少し」
竹林の向こうにたたずむ一件の古民家が、マヨミヨの家だ。
ペダルを思いっきりけって、今度は、坂道を一気に下る。
住宅街をうねうね通って、図書館と公民館が立ち並ぶ大通りに出た。
大通りを横切って向う側へわたる。
狭い路地をしばらく走っていくと、竹林のトンネルが見えてきた。
竹林のトンネルの入り口に差しかかろうとして、何かがバサバサ飛んで出たからびくついた。
「なんだ、カラスかぁ――」
カラスの行方を追っていたら、
「ふげっ⁉」
目の前に空き缶が飛んできた。反射的に目をつむって、急ブレーキをかける。
顔面直撃だ――って、いくら待てども何も起こらない。
おそるおそる、目を開ける。
「え? どういう、こと……?」
すぐに状況をのみこむことができなかった。
さっきまで、竹林のトンネルの前にいたはずなのに。町を一望した、あの公園に戻っていたからだ。
“きつねにつままれたよう”って、こんなことを言うのかな……。
気を取り直して、自転車をこぐ――。
竹林のトンネル前まできて、自転車から降りて慎重に歩くことにした。
カラスが飛んで出たあと、前方からカランと音も聞こえた。竹林のトンネルの入り口そばに、さっきあたしを目がけて飛んできた、空き缶が転がっていた。
空き缶を手に、竹林のトンネルを抜ける。
マヨミヨんちに着いて、表門の前に自転車を止めた。
玄関に続く御影石の敷石を、いつも通りけんけんぱで渡る。
「ごめんくださーい」
引き戸を開けて中に入る。ピカピカにみがかれた廊下の曲がり角から、ひょっこり、舞夜が顔を出した。
「沙夜じゃん。どうした?」
「ママに言われて、星夜を迎えに来たの」
「とっくに帰ったよ。『瞬間移動』で」
舞夜の言葉に、あたしは、がくっとうなだれた。
「あたしの苦労って……」
くやしくて、手に持った空き缶をメキメキつぶす。
「あ、そのジュースの空き缶。さっき、星夜と缶蹴りで遊んだ時、美夜が思いっきり蹴っ飛ばしたやつだ」
「美夜が? っていうか、この空き缶、あやうくあたしのとこに当たって」
言いかけて、あたしは首をふった。いや、別に当たったわけでもなく当たりそうになったわけでもなかった。
うぬ……頭が混乱してきた。
前にも、こんな違和感あった気がする……。
さっきも、視界がぐわんって反時計回りにゆがんだもんね……。
「あたし、なんか疲れてるみたいだし、帰るわ」
「沙夜ちゃん、待って」
美夜が、廊下をパタパタ走って来き引きとめた。
「ちょうど良かった。しぼり立てのフルーツジュースがあるの。飲んでいって」
そっか、と思い出す。
千夜ばあのとこにも手を合わせなきゃいけなかったし、あたしは上がらせてもらうことにした。
仏間でお鈴を鳴らし、お線香をたく。仏壇に飾られた、千夜ばあの遺影。さくら色のきれいな着物に身を包んで、白髪頭のお団子をスッキリ決めた千夜ばあは、にっこり笑っている。千夜ばあは、あたしが一年生の春に亡くなった。千夜ばあはとっても優しくて、あたしたちの大好きなおばあちゃんだった。
仏壇のとなりにある座敷で、美夜が、ジュースの入った小さなグラスをちゃぶ台の上にいくつも並べていた。
「今日はいろんなフルーツジュースにチャレンジしたの。おすすめは、みかんジュース。今回は、果肉をあまりつぶさずにジュースにできたの」
美夜は、得意気に言った。
「ほんと。美夜にしては珍しいよね。いつもなら、一瞬にして固形を液体に変えちゃうんだから。ちゃんと果肉を残したんだもん」
舞夜はいたずらっぽく言って、みかんの粒をベロに乗せて見せた。
もし、美夜と握手でもしたら――途中まで想像して、あたしは、おすすめのみかんジュースを飲んだ。
「これでも、少しはコントロールできるようになってきているのよ。超能力をコントロールするには、日々の修行も大事なの。だから、わたし毎日欠かさず、かたさの違うフルーツで力かげんの修行をしているのよ」
「ふうん。ところで、舞夜はどんな『飛行』の修行やってるの?」
あたしは、二杯目のみかんジュースに手を伸ばして舞夜に聞いた。
「あたし運動神経いいから、特になんもやってない」
舞夜はさらりと答えた。
「いいなあ」
二人をうらやむ。
「ボンジンのあたしは超悲しいよ。天道家で、超能力が使えない人のことをボンジンって言うんでしょ? ボンジンはつらいよ。あたしなんて、ボンジンな上になんの取りえもないんだもん」
やけになって、みかんジュースを一気飲みする。
「何でもいいから、あたしも超能力が欲しいよ」
「わたし、ボンジンであれば、苦しむこともなかったわ」
あたしの言葉に覆い被さるようにして、美夜が険しい顔つきで言った。
「超能力のせいで、ときどき、物だって壊しちゃうし。小さいころ、友だちともまったく手をつなげなかった。わたし、本当は、こんな超能力に目覚めたくなかった」
美夜の声が、どことなく怒りにも似た声で震えていた。
少しの間、沈黙が流れた。
舞夜が、ぶどうジュース、いちごジュースを立てつづけに一気に飲み干して、だんっとテーブルを叩いた。
「それにしても、お腹空いたね。沙夜、うちでご飯食べてきなよ。お父さんもお母さんもしばらく出張中でいないし。美夜とあたしが作ったカレーなんだ」
断る理由などない。
何せ、あたしのお腹はぐううとわめいている。空腹で、自転車こいで帰れる自信はなかった。
あたしたちは、食堂へ向かった。
「今、カレー温め直すから」
舞夜がコンロのスイッチをひねるも、なかなか火がつかない。
「いっつも調子悪いんだ、このコンロ。火の気があればつくはず」
「わたし、お仏壇からマッチ持ってくる」
美夜が出て行こうとして、あたしははっと思い出した。
「さっき、お線香あげた時、マッチちょうどなくなっちゃったよ」
「ま、いっか。少しなら温かいし。サラダも用意するから、沙夜はカレーよそって」
舞夜の指示で、あたしはコンロの前に立つ。すると、ボンっと音を立てて火がついた。
「やった、ミラクルが起こった!」
興奮するあたしに、マヨミヨは、パチパチ拍手した。
三人で食卓を囲んで、食堂にもうけられたテレビをつける、ちょうど、アベニールビルの特番が放送されていた。
「冬休みさ、三人でここに行こうよ」
舞夜の提案に、あたしも美夜も賛成した。
「キングパフェ、絶対食べる!」
あたしは、力をこめて宣言した。
「あたしは、ショッピングしたいな。美夜は?」
舞夜が言って、美夜に視線を置いた。
「わたしも、キングパフェ食べたいかな」
美夜の笑顔に、舞夜とあたしは目くばせしてホッとした。
「じゃあ、決まりだね! 指きりしよっ」
舞夜が、両手の小指をあたしと美夜に向ける。美夜は、うつむきかげんにためらった。
「だいじょうぶだって、美夜」
舞夜が、にっと笑って見せた。
「そうだよ美夜。それにさ、『おそれず、しっかり前を向きなさい』って、千夜ばあ、よく言っていたじゃん」
あたしが言うと、美夜はうなずいた。
あたしたちは、指と指をしっかり取りあって指きりした。
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