第2話 恐るべし。

 あたしの朝は、スプーン曲げから始まる。

 スプーンを片手に、精神を集中させる。

「曲がれぇぇぇっ」

 スプーンに映る、逆さまの自分を見つめながら念じるも、ちっとも曲がらない。

「はぁ。ダメだ」

 スプーンを投げて、ベッドの上で寝転がる。

「これがほんとの、さじ投げたってね」

 つまんないシャレをつぶやいて、ますますむなしくなる……。

 あたし、天道沙夜てんどうさよは、どうやら超能力の素質ゼロだ。

 天道家の血筋の者は、十二歳の誕生日を迎える前に超能力に目覚めると言われている。

 カレンダーに目をやる。

 今日は、十二月十一日。

「誕生日まで、あとひと月かぁ」

 まれに、十二歳を迎えても、なんの超能力にも目覚めないこともある。天道家では、それを“ボンジン”というのだとか。

 でも、あたしだけなんもないって、絶対イヤ。つまんないし、仲間はずれみたいだもん。

 天道紀夜きよこと、あたしのママは、五歳で『透視』の超能力に目覚めた。

 天道星太郎せいたろうことあたしのパパは、おむこさんとして天道家に入ったから、超能力は本来ないはずだけど、『嗅覚きゅうかく』が犬並みにスゴイ。

で、弟の天道星夜は、

「おねえちゃーん、おはよー」

「ぐえっ」

 突然、星夜がパッと現れて、あたしのお腹の上に乗っかってきた。星夜が二歳で『瞬間移動』の超能力に目覚めて以来、おちおちしていられない。

「朝ごはんだよー」

「星夜! 『瞬間移動』で伝えに来るのやめてって、いつも言ってるでしょ!」

 いくらあたしが目をむいて叱っても、星夜は、のほほーんとしている。憎めないやつだけど、毎回、あたしのお腹の上に出現しないでほしい。

 星夜じゃなくて、あたしに『瞬間移動』の超能力があれば良かったのに。そうしたら、学校だってどこだって、あっという間に行けるんだもん。

「おはよー」

 リビングに入るなり、朝食の準備をしていたママが、あたしのことをじっとにらんできた。

「沙夜。またスプーン持ち出したでしょ? 部屋に、一本あるね」

 あたしは、ギクッと肩をすくめた。

「あのスプーン高かったんだからね。もし曲げたら、しょうちしないよ」

「はぁい」

 あたしは、小さくなって返事した。

 席に着く前に、冷蔵庫から大好物を取り出そうとすると、タキ田市内で、連続不審火があいついでいるっていうニュースが、耳に飛びこんできた。

「まあ。市内で火事なんて、ぶっそうねえ」

 ママは、お玉片手に心配そうに言った。

「おいおい、沙夜。納豆なんて、パパの前で食べないでくれよ」

 パパの前に座ると、パパはしかめっ面をした。

「だって、大大大大好きなんだもーん」

 これ見よがしに納豆をぐるぐるかき混ぜる。パパは、新聞で顔をおおうように隠す。

「パパは、うーんと鼻が効くものね。ママはね、パパのために、生ゴミだって気をつかっているんですから」

 ママが、鼻をふふんと鳴らす。

 テレビは、スカイビルの特集に切りかわった。

「アベニールビル、ついに完成したんだね」

 アベニールビルは、日本一の高さをほこるショッピングモールだ。

 空と一体化するような、水色一色のオシャレなビル。ファッション、グルメ、映画館、温泉までも楽しめるそうだ。

 アベニールビルのスイーツ専門店が紹介される。

「わあ! あたし、キングパフェ食べたい!」

 普通サイズの、二倍の大きさがあるキングパフェ。テレビの画面いっぱいに映って、じゅるっと生つばが出た。

「いいわねえ。アベニールビル。ブランドのお店も何件か入っているんですってね。一度、行ってみたいわねえ」

 よし、ママも食いついてきたぞ。

「ねえ。パパ、今度冬休みに連れて行ってよ」

「んー? うーん」

 納豆がにおうからか都合が悪いからか、パパは新聞を盾に生返事。

「パパ、海外ばっかじゃなくて、国内出張とかないの? アベニールビル周辺とか」

「んー、うーん」

 パパってば、連れて行く気まったくないな。

「ぼく、アベニールビルに行ってみたーい」

 星夜が、むじゃきにバンザイして言った直後――音もなくフッと消えた……。

『それでは、アベニールビル上空からの様子を――おや? アベニールビルの上部に、人影があります! こ、子どもでしょうかっ!』

 テレビから聞こえてくる、動揺するアナウンサーの実況に、天道一家はくぎづけになる。

 ズームアップされそうになったところで、子どもとおぼしき姿は、またたく間に消えた。

「ふぇっくし」

 クシャミの声に、あたし、パパ、ママ、いっせいにふり返る。

 何事もなかったかのように、トーストをかじる五歳児……。うぬぬ、恐るべし。


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