第2話 恐るべし。
あたしの朝は、スプーン曲げから始まる。
スプーンを片手に、精神を集中させる。
「曲がれぇぇぇっ」
スプーンに映る、逆さまの自分を見つめながら念じるも、ちっとも曲がらない。
「はぁ。ダメだ」
スプーンを投げて、ベッドの上で寝転がる。
「これがほんとの、さじ投げたってね」
つまんないシャレをつぶやいて、ますますむなしくなる……。
あたし、
天道家の血筋の者は、十二歳の誕生日を迎える前に超能力に目覚めると言われている。
カレンダーに目をやる。
今日は、十二月十一日。
「誕生日まで、あとひと月かぁ」
まれに、十二歳を迎えても、なんの超能力にも目覚めないこともある。天道家では、それを“ボンジン”というのだとか。
でも、あたしだけなんもないって、絶対イヤ。つまんないし、仲間はずれみたいだもん。
天道
天道
で、弟の天道星夜は、
「おねえちゃーん、おはよー」
「ぐえっ」
突然、星夜がパッと現れて、あたしのお腹の上に乗っかってきた。星夜が二歳で『瞬間移動』の超能力に目覚めて以来、おちおちしていられない。
「朝ごはんだよー」
「星夜! 『瞬間移動』で伝えに来るのやめてって、いつも言ってるでしょ!」
いくらあたしが目をむいて叱っても、星夜は、のほほーんとしている。憎めないやつだけど、毎回、あたしのお腹の上に出現しないでほしい。
星夜じゃなくて、あたしに『瞬間移動』の超能力があれば良かったのに。そうしたら、学校だってどこだって、あっという間に行けるんだもん。
「おはよー」
リビングに入るなり、朝食の準備をしていたママが、あたしのことをじっとにらんできた。
「沙夜。またスプーン持ち出したでしょ? 部屋に、一本あるね」
あたしは、ギクッと肩をすくめた。
「あのスプーン高かったんだからね。もし曲げたら、しょうちしないよ」
「はぁい」
あたしは、小さくなって返事した。
席に着く前に、冷蔵庫から大好物を取り出そうとすると、タキ田市内で、連続不審火があいついでいるっていうニュースが、耳に飛びこんできた。
「まあ。市内で火事なんて、ぶっそうねえ」
ママは、お玉片手に心配そうに言った。
「おいおい、沙夜。納豆なんて、パパの前で食べないでくれよ」
パパの前に座ると、パパはしかめっ面をした。
「だって、大大大大好きなんだもーん」
これ見よがしに納豆をぐるぐるかき混ぜる。パパは、新聞で顔をおおうように隠す。
「パパは、うーんと鼻が効くものね。ママはね、パパのために、生ゴミだって気をつかっているんですから」
ママが、鼻をふふんと鳴らす。
テレビは、スカイビルの特集に切りかわった。
「アベニールビル、ついに完成したんだね」
アベニールビルは、日本一の高さをほこるショッピングモールだ。
空と一体化するような、水色一色のオシャレなビル。ファッション、グルメ、映画館、温泉までも楽しめるそうだ。
アベニールビルのスイーツ専門店が紹介される。
「わあ! あたし、キングパフェ食べたい!」
普通サイズの、二倍の大きさがあるキングパフェ。テレビの画面いっぱいに映って、じゅるっと生つばが出た。
「いいわねえ。アベニールビル。ブランドのお店も何件か入っているんですってね。一度、行ってみたいわねえ」
よし、ママも食いついてきたぞ。
「ねえ。パパ、今度冬休みに連れて行ってよ」
「んー? うーん」
納豆がにおうからか都合が悪いからか、パパは新聞を盾に生返事。
「パパ、海外ばっかじゃなくて、国内出張とかないの? アベニールビル周辺とか」
「んー、うーん」
パパってば、連れて行く気まったくないな。
「ぼく、アベニールビルに行ってみたーい」
星夜が、むじゃきにバンザイして言った直後――音もなくフッと消えた……。
『それでは、アベニールビル上空からの様子を――おや? アベニールビルの上部に、人影があります! こ、子どもでしょうかっ!』
テレビから聞こえてくる、動揺するアナウンサーの実況に、天道一家はくぎづけになる。
ズームアップされそうになったところで、子どもとおぼしき姿は、
「ふぇっくし」
クシャミの声に、あたし、パパ、ママ、いっせいにふり返る。
何事もなかったかのように、トーストをかじる五歳児……。うぬぬ、恐るべし。
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