第4話
メールの返信を一週間待たせた彼から、ついに再びメールが来た。
何重ものオブラートに包まれた中身は、その外皮をはがせばすなわち「いくらなんでもそろそろ返信がほしい」と訴えていた。「ちょっと待って」とか「考えさせて」とか、そんな簡単な保留メッセージさえ返さない私に業を煮やしているんだと思われる。
いくらなんでも。私が言われ慣れている言葉の一つ。
いくらなんでも、もうちょっと服に気を遣えば。いくらなんでも、カップラーメンはないでしょ。いくらなんでも、別れ話くらいはしろよ。いくらなんでも、そろそろメールがほしい。えとせとら。
私のものぐさな性格は、これでよく友人ができるものだと自分でも感心するほどだ。自分に寛容な分、他人にも寛容だからかもしれない。自分が連絡をしない分、相手から連絡がこなくてもあんまり気にしない。だからこそ気楽に付き合えると思われている……と、嬉しいんだけれど。
だいたい私の友人になるような人は、こんな私の性格をおおむね寛容に受け入れてくれる。じゃなきゃ友人なんてやってられないだろうし。それでも、そんな友人たちでさえ、ときには我慢しきれないことがあるらしい。
そんなときに出てくるのが「いくらなんでも」。
彼がそう言いたくなるのも無理はないと思う。一週間前のメールは、とてもとても大切な内容だった。イエスであろうとノーであろうと、ちゃんと誠実に答えるべきであって、無視すべき内容ではなかった。
そんなことは、私だってわかっている。わかっているからこそ普段は三日くらいで返信するところが、面倒になって、一週間も延ばしてしまった。決して、無視しようという意図があってやったことではない。決して。
そんな私に、ついに相手もしびれを切らして「いくらなんでも」というメールを送ってきたというわけだ。責めることはできない。明らかに私が悪い。
それでも私は考えた末、結局その「いくらなんでも」メールさえ無視することにした。
だって、面倒だったから。
そうしたら、私が無視することを見越していたのだろうか。同じ相手からすぐにまた、メールが届いた。今度のメールは、一週間前のことにも「いくらなんでも」にも触れずに、いたって普通の、いつも通りの内容だった。
『今夜、二人で飯食わねえ?』
一度家に帰って来てしまったのに再び外へ出る面倒くささだとか、せっかく延ばし延ばしにしている答えを今日出さなければならないかもしれない面倒くささだとかを考えた。
でももしかしたら、このままさらに先延ばしにしてしまった方が、面倒になるのかもしれない。ここで無理やりにでも結論を出してしまった方が、案外、面倒な段階を省けるのかもしれない。
なにより、食事の誘いを断る理由を考えるのは面倒くさい。
覚悟を決めて返信する。
『わかった。駅前に六時半でいい?』
『おっけー』
軽い返事に安心するのは、結局は面倒なことを極力避けたい私の気質だ。あんまり重苦しい話はしたくない。いつも通りが一番いい。
スマホを置いてベッドに横になる。今朝の夢はすごく魅力的だった。何度でも見たいと思う。
けれど、きっと今夜の答え次第では、もう二度と見ることは許されない。なら今のうちにもう一度。そう思っても、夢を見るほど寝入っちゃったら約束の時間までに起きられない自信がある。
だいたい、ただ寝たからといって同じ夢を見られるとは限らない。
後ろ髪を引かれる思いでベッドから離れて、私は外出の支度をした。いくら面倒くさがりの私でも、男の子と二人で食事に行くときの身だしなみくらいは心得ている。
大学に行ったときから着替えずにそのままでいたTシャツとジーパンを脱ぎ捨てて、紺地に花柄のワンピースに着替えた。水色のカーディガンを羽織って、普段はすっぴんの顔に少しだけファンデを塗って、目元と頬と唇に、少しだけ色を付ける。
鞄はいつも大学に持っていくのよりも小振りの、実家の母からもらったよそゆきのショルダーバッグを選んだ。
出来上がった自分を、洗面所の鏡で確認する。いつもの私から、普通の女子大生の私に返信した気分だ。祐子や真理子ほどじゃないけれど、ちゃんと、女の子に見える。
少しだけ、気恥ずかしくもある。なんといっても、これから会う相手は普段の私を知っているのだから。こんなふうにお洒落をしてきた私をどう思うだろうか。
ちょっと悩んで、髪の毛だけはいつも通りに。服装に合わせてちょっと梳かすだけにして、ぱさついた毛先が自然に跳ねるままにした。
さて、こんな私を見て、サクはいったいなんて言うだろう。
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