第2話

「てゆうかさ、いずみ。いくらいつもの五人っつっても、毎日カップ麺ってのはあまりにも色気に欠けるでしょ」


 割り箸でカップラーメンをすする私に、祐子が言う。

 メイクばっちり、ファッションだってかわいい系で冴えてる祐子は、私とは正反対に隙がない。お昼はどこで買ってきたのか、彩り豊かでカロリーの低そうな小ちゃなお弁当。こういう可愛さを追求する姿勢が、男子からも好かれるコツだろうか。

 そんな祐子を羨ましいとは思うけれど、だからって私がそうなれる気はしない。いつかは祐子のようになりたいと夢に見ながらも、私は、昨日に引き続き今日もカップ麺をすする。


「別にいいじゃん。色気なくったって」


「よくないってば。色気はともかく、いずみは他人の目を気にしなさすぎ」


 祐子みたいになるには、他人の目を気にしなければならないのか。ますます私には無理としか思えない。夢に見るのさえやめようか。


「でも他人の目を気にするいずみちゃんって、いずみちゃんらしくないよね」


 真理子はいつでも私に優しい。


「俺もそう思う」


 タロはいつでも真理子に優しい。


「二人とも、いずみに甘すぎっしょ。サク、なんとか言ってやりなって」


「いや、俺はあんまりいずみに幻想持たないことにしてるから」


 サクはいつでも私に失礼だ。


 いつも通りの昼休み。だらだらと中身のない会話が続く。そこから何かが生み出される見込みなんて無きに等しいし、私の生まれながらの性格に波風を立てる見込みなんて、ゼロを通り越してマイナスだ。

 かわいくなりたいと思おうがかわいくはならないし、他人の目を気にしろと言われようが、気にすることにはたぶんならない。そんなこと、祐子だって本当はわかっている。


「サク君、あとでいずみちゃんに二限のノート見せてあげてよ。寝坊しちゃったみたいだから」


 真理子が優しくサクに声をかけてくれる。何も言っていないのに、寝坊が理由だと真理子にはちゃんとばれていた。さすが真理子、私のことをよく知っている。


「え、俺だって、寝てたからノートなんて取ってねえよ」


「……二人とも、何しに大学に来ているの?」


「みんなに会うためだよぉ」


 半ば本気だったのだけれど、言い方がまずかったのかもしれない。私はおどけて楽しく言ったのに、真理子は暗い顔でため息をついた。心配を通り越して、もうどうしようもないと諦められているのかもしれない。


「ま、まあいいんじゃないか? 二人とも、卒業が危ういってほどじゃないんだし」


 珍しくタロが真理子ではなく私をフォローした。真理子があんまりにも悲しげな顔をしていたからかもしれない。

 タロの言葉に真理子は、それもそうかなと同意する。真理子にしてはぞんざいな答え方ではあったけれど、肯定的な答えが返ってきたというだけで、タロはちょっと嬉しそうだ。幸せ者め。


「そういえば、こないだのいずみのエッセイ読んだよ。犬も歩けばって話、あれ笑えるな」


 だしぬけに、サクが言った。なにが「そういえば」だ。今までの話と関係ないじゃん。話題を変えるのはいいけど、なにもそんな話を持ってこなくたって。


「読まなくていいよ、あんなの」


「あんなのって。いずみのエッセイ、『りある』の看板でしょぉ?」


 斬って捨てようと思った話題に、残念ながら祐子が乗ってしまった。なんとなく、話が続きそうな雰囲気が生まれてしまう。


 私たち五人が所属する文芸サークルで、一部の有志メンバーが集まって出している無料の定期刊行物『りある』。私はよく、短いエッセイを書いてそこに載せている。

 サクも祐子も意外とマメにサークルの出す読み物をチェックしているんだから、タチが悪い。なかでも短い私のエッセイなんかは、二人にとっては読みやすいらしい。

 サクが読んでいるワケは、またほかにあるのかもしれないけれど。


 私たち五人は、同じ大学の同じ文学部に在籍している。私とサクが国語国文学科で、タロが日本史学科、真理子と祐子が英語英文学科。でもこうしてラウンジで集まるようになったのは学部が同じだからではなくて、サークルの繋がりだ。大学で最も大きな文芸サークルの、同期生仲間。

 一年のときにサークルの新入生歓迎パーティで仲良くなって、いつの間にか集まるようになって、いつの間にか年が改まって、二年生の今になっても一緒の五人組。

 普段は文芸サークルなんてそっちのけで五人だけで集まることが多いけれど、私と真理子はサークルの刊行物に何かを書いて載せることもある。


「看板って、大袈裟な。会費勿体無いからたまに書くだけだよ。それより、真理子の連載の方がおもろいよ」


「あ、俺も真理子の小説、好きだよ」


 ちょっと卑怯だけれど、タロを逃げ口に使って話題を逸らす。真理子の話題さえ出せばタロが乗るのは、いくら私が鈍いと言ってもわかり切っているし。


「いやあ、真理子のって難しそうで。読み始めるのに勇気がいるんだよなあ」


 話をそらそうって言う私の意図をもうちょっと汲んでくれてもいいのに。

 そもそもサクはこう見えてサークルの副部長をやっているくせに、実はもしかすると私のエッセイくらいしか読んでいないのかもしれない。


「難しくしてるつもりはないんだけれどね。下手だからそうなっちゃうのかも」


「ぜんぜん下手なんかじゃないって。難しいのはサクが頭悪いからだろ」


「おいコラ」


 慎ましい真理子をタロが持ちあげるのは、もはやデフォルト。サクもわかっているから、口先では乱暴に突っ込むけれどあんまり気にしていない。

 周りはみんな気付いているのに、真理子だけは何も気がつかないのだから、タロが哀れだ。まあ、それもデフォ。


 そんな二人を無視して、祐子はいつから手に持っていたのか、スマホをいじりながら口を出す。


「私はいずみのエッセイも真理子の小説も好きぃ。あ、シュン君がこないだ、いずみのやつ好きって言ってたんだよねぇ。ちょっと妬いちゃうな」


「じゃあ祐子ちゃんも何か書いてみたら? きっとシュン君読んでくれるよ」


「んー……」


 シュン君は祐子が近頃付き合い始めた、大学に入ってから三人目の好い人だ。

 付き合い始めたばかりということで、最近の祐子の心は事あるごとに彼のところへ飛んでいってしまう。今もシュン君からのメールでも来ているのかもしれない。こうなるとしばらくは、何を言っても生返事しか返って来ない。


 近くの小学校から、昼休み終了の予鈴が響いた。この大学にチャイムはないから、小学校の鐘が良い時計代わりだ。


「三限行かなきゃ。先週サボっちゃったし」


 私の言葉に真理子が呆れた顔をした。サクが私とともに立ち上がり、タロも名残り惜しそうに真理子の隣を離れる。三限のない祐子と真理子は居残り組。祐子は軽く手を振るだけで、スマホから目を離そうとしない。真理子は本でも読み始めるみたいだ。


 私たち五人はこんな具合に、大学での日々をだらだらと平和に営んでいる。

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