一寸法師 五

 さて、無事に出立した一寸法師は、小さな川をずんどこ下りながら何か食べるものがないかと探していました。


「あっ、そうだ」


 一寸法師は瞳をひらめかせ、針の剣を抜きました。

 ぎらりと日に光る針に、糸を通して結び、もう片方の端をお椀の穴に結んで固定します。


「ようし……がんばろう!」


 一寸法師は覚悟を決めて、川の中にざんぶと飛びこみました。



「ふぃー……大漁大漁」


 よいしょ、と船に上がった一寸法師は、濡れた髪をかき分けながら戦利品を見わたしました。


 子供のフナが三匹に子供のイワナが二匹、そして海から戻ってきたらしいサケも一匹です。


 サケをどうとったのかというと、サケの腹の中にもぐりこんで、内側から針で突っつきまわし、弱ったところを引きあげたのでした。


「いやー小鳥が運んできた椀がでかくて助かった。さすがに普通のものなら入らなかったものな」


 一寸法師が乗っているのは、金属製の大きな鍋でした。小鳥には、お椀とお鍋の言葉の意味が分かっていなかったのです。それは一寸法師もおなじでした。


「さーて、早速どこかにお椀をとめて焼いて食べよう!……っていうか、最初から岸に上げて釣りをすればよかったな」


 一寸法師は盛大にくしゃみをしながら呟いたのでした。



 翌日。鍋の上で夜をあかした一寸法師は、とんでもないものに寝ぼけ眼を見開きました。


「……なんだ、お前」


 鍋はいつの間にか、ずいぶん遠い所まで流れていました。そしてその鍋は、何者かによってせき止められています。


 鮮やかに光る鱗。なめらかな肌。まるで魚のような下半身に、まるで人間のような上半身。


 人魚でした。


 人魚はふわぁとあくびをして、目を覚まし、一寸法師を見てぎょっと目を見開きました。


「なっ、なにお前!?なんでそんな小さいの……っていうかこっち来ないで!」

「いやいや川の流れがあるんだから自然にいっちゃう……うわやめろ!水かけるな沈む!!」


 ばしゃばしゃと慌てふためいて水をかける人魚の顔は、まだ年若い少女でした。凛とした面立ちを気味悪そうにゆがめ、一寸法師から遠ざかります。


「いやだ……なんでそんなに小っちゃいの?気持ち悪いなあ」

「気持ち悪くなんかない!お前だって人魚じゃないか!俺本当にいるなんて聞いてないぞ!」

「そりゃあいるよ、失礼だなあ、このチビ。こんな目立つ格好、噂になるに決まってるじゃん」

「開き直りやがった……」


 もう眠気も驚きもうっちゃって、一寸法師は鍋の底に座りこみました。


 人魚の方もいくらか落ちついたのか、寝ぐせのついた青く透き通る髪を手でとかしています。


「で、あなた誰よ。なんの用?」

「俺は一寸法師。こっちこそ聞きたいよ。そんなところで寝て、何の用だよ」

「ここは私の寝る場所なの。そっちこそ文句言わないでくれる?」


 人魚は音那おとなと名のりました。どうやら彼女は海に住んでいる人魚らしく、夜になると川をのぼってこのあたりで眠るそうなのです。


「邪魔だなぁ。もう朝なんだし、早く海に帰れよ」

「でも正直言って、川の方が体に合ってるんだよねぇ……でも人魚はほら、海にいるっていう設定じゃない?だからしょうがなく海にいるしかないの」

「今人魚の裏世界見えたな」


 あらそう、と全く気にした風のない音那は、海に帰る気配は全くありません。いい加減一寸法師もうんざりしてきました。


「あのさ、用がないならもう行くよ。俺都に行きたいんだ。通してくれよ」

「都?なんたってあんなところに。言っとくけどそんなにいいもんじゃないよ、あそこは」


 音那の目がふっと険しくなりました。


「いいんだ。気にいらなかったら目的のものを手に入れて帰るから」

「ふぅん……悪いけど行かせられないね」


 はぁ!?と一寸法師は顔をしかめて音那をにらみつけました。


「お前にそんなこと言う権利ないだろ?」

「そんな生半可な覚悟で行かせるわけにはいかないね。どうしても通りたければ、私を倒してから行くんだね」


 音那は鋭い切れ長の目で一寸法師を睨みすえました。


 

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