一寸法師 六
音那の険しい目をじっと見つめ、ややあって一寸法師は深く息をつきました。
「なんなんだよ、本気じゃん」
「当たり前でしょ」
「なんで行かせてくれないんだよ。知ってるぞ、売り切れっていうのがあるんだろ?人形が売り切れたら困る」
あんたね、と音那は今度こそ呆れをはっきりと瞳に浮かべます。
「だから通させないの。そんな不純な動機のまま行かせてみすみす死なせるような真似はできないよ」
「だからぁ、なぁにがそんなに危険なのさ!」
はっきりと理由を明かさない音那にしびれを切らして、一寸法師は怒鳴りました。
「ちゃんと理由言わないと、強行突破するぞ!」
「ったくもう、しょうがない駄々っ子だなぁ」
「誰が駄々っ子だとぅ!?言っとくけどな、こんな体でも近所じゃガキ大将だったんだぞ!」
「ガキ大将って……古」
あぁ?と睨みあげると、音那は唇をきゅっとさせて黙りました。そして大げさにため息をついて見せます。
「わかったよ。話してあげる──都はさ、大臣が幅をきかせてるんだよ。いわゆる独裁政治とでも言うの?大臣の気にいらないやつは見せしめに火あぶりにされたりしてる。もう何人も殺されてるよ。あんたが行ったら、どうなるかわかったもんじゃない」
それに、人が多いからその前に踏まれてお陀仏だろうし、と呟き、音那はふいっと横を向きました。
「こっちは心配してやってんの。だからそれに甘えて、あんたは戻んな」
一寸法師は答えかねました。音那からは本当に一寸法師の身を案じている様子だったからです。厳しい言葉は、心配の裏返しでした。
でもなぁ、と一寸法師は眉を下げました。どうしても質の良い人形が欲しいのです。それでおじいさんとおばあさんに、劇を見せてあげたいのです。
だが、そんな一寸法師の切実な思いを、音那はくだらないの一言で切り捨てました。
「別にいいでしょ、人形ぐらい。あんたの演技力でおぎなえばいいだけの話じゃん。わざわざ都まで行く利点がない」
「でも……ここまで来たのに」
そう、ここまで来たのに。やっとのことで。
ここで引き返しては、なんのためにここまで飢餓の危機を乗り越え、川を下ってきたのでしょうか。
ですが、音那の気持ちも痛いほど伝わってきて、それが判断に迷いを生じさせます。
俯いた一寸法師の耳に、音那の呆れたようなため息が聞こえました。
「あーあ、面倒だなぁ一寸法師は」
名前で呼ばれ、一寸法師は思わず顔をあげました。音那は存外、優しげな表情でこちらを見ています。
「嫌なら嫌と言えばいいものを」
お前は優しいんだな、と少し寂しげに笑います。
「……お前も、殺されそうになったのか?」
「まあね。大臣サマは、この体が気に入らなかったんだろうね。だからあんたも同じ目に遭うんじゃないかと思ったけど……本当に行きたいの?」
一寸法師は覚悟を決め、唇を引き結んでうなずきました。
「絶対に。やれるところまでやりたい。諦めたくないんだ」
言葉だけはかっこいいな、と音那は苦笑し、静かに川のはしによった。息を吹き返したように、水が再び流れ始めます。
しなやかな指がすっと鍋の取っ手に伸ばされます。ゆっくりと鍋を持ち上げ、川の流れに戻します。
「大臣の下で修業をしてみたいと言えば、気まぐれで許してくれる。出来が悪ければ即切り捨てられるけど、役に立つと思われたら次第に重用されていくよ」
なんで音那はこんなに知っているんだろう、と一寸法師は思いましたが、音那の顔を見ていると、たずねることができませんでした。
「お前……なんでそんな
腹筋崩壊するからやめてほしいんだけど、と一寸法師は腹を抱えて笑い転げました。
「当たり前でしょ!大臣大っ嫌いだもん。あいつの顔を思いだすだけで吐き気がする」
「俺はお前の顔を見るだけで腹が痛いわ」
音那が般若の顔のまま唇をとがらせるので、一寸法師は笑いすぎで意識が飛ぶかと思いました。
「じゃあね」
「うん、なんだかんだでありがとう」
気をつけて、と手を振る音那に軽く手を上げ、一寸法師は川を下っていくのでした。
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