一寸法師 四

「気をつけていくんだよ。きびだんごちゃんともった?」

「おばあさん、それは違うお話なんだから持っていけないよ、桃太郎に怒られちゃう」

「あらそうだったわね。わたしも桃菜さんに怒られちゃう」


 お友達なの、とおばあさんは懐かしそうに目を細めると上気した頬をそっと手で押さえます。


「今はどうしているかしらねえ……」

「さつきさん、感傷にふけっている場合じゃないぞ。一寸法師はもう出立してしまったよ」

「なんて薄情な子!ちょっと一寸法師!ちゃんとお別れ言ってからにしなさい!」


 おばあさんは慌てて叫びましたが、一寸法師はその小さな体でとっとこと遠くまで行ってしまいました。


「あれ、おばあさん何か言ってるや。まあいいか」


 いつか会えるし、と気楽に呟き、鼻歌を歌いながら、一寸法師は歩いていきます。無事に親離れした一寸法師でした。



 しばらく歩いた一寸法師は、さすがに疲れて木陰で一休みしようと腰かけました。


「……あ、やべ。食べ物忘れた。おばあさんがきびだんごしか作らなかったからだ」


 むっとして唇をとがらせた一寸法師でしたが、お腹が空いて仕方なく、ふてくされてばかりでもいられません。


 木の実でも食べられないかと辺りを見回した一寸法師の目に、ちゅんちゅんと鳴く小鳥がとまりました。


「……美味そう」


 小鳥は、可愛らしかったちっちゃな小僧が急に殺意をあらわにしたのを見て、思わず「ぴょい!?」と鳴いてしまいました。


 小さな顔の大きな目がぎらぎらと光り、体は食欲にうずき、腰にさした針の剣に手をかけて、今にも引き抜かんばかりの一寸法師の姿は、化け物以外の何物でもありませんでした。


 恐慌状態に陥った小鳥は、ばたばたと羽を動かしながら必死に一寸法師に話しかけました。


『マ 、待 ッ テ 、 殺 サ ナ イ デ !』


 一寸法師は一瞬奇妙そうな表情になりました。


「喋った……?まあいいや、喰えれば」


 いただきます、と針の剣を手に襲いかかってきた一寸法師を何とかかわし『ナ ン テ 暴力的 ナ ン ダ !コ ノ 、チ ビ ッ 子 !』と、抗議の声をあげました。


「なんだ、ほんとに喋るのか?変な鳥だな。ていうかチビとはなんだチビとは。あんまり言うと生きたまま丸焼きにして喰っちゃうぞ!」

『ヒ ィ ィ ……!ゴ 、ゴ メ ン ナ サ イ 』


 あんまり慌てて小鳥が地面に這いつくばるので、一寸法師もちょっとかわいそうになって、針の剣をおさめました。そのまま、小鳥へと話しかけます。


「ねえ、三つ選ばせてやるよ」


 一寸法師は真顔で指を三本立てると、一本ずつ折りはじめました。


「煮てほしいか、焼いてほしいか、いぶしてほしいか」

『ヤ メ テ !』

「ああそれと揚げるもあるか」

『ヤ メ テ ッ テ バ !ヤ メ テ !ネ エ !』


 必死で止められ、一寸法師は仕方なく断念しました。


「じゃあお前が何か食べ物ちょうだい。お腹が空いてしょうがないんだ。しかも俺、体小さいからこのままだと数分で餓死するか日陰から動けなくて凍死する」

『ツ ク ヅ ク 不便 ナ 人間 ダ ナ ……』


 小鳥は呆れたように鳴くと飛び立ち、しばらくして木の実が連なった枝をくわえて戻ってきました。


 大喜びでかぶりつく一寸法師から話を聞いて、小鳥は目を丸くしました。


「都 ニ 、一人 デ 行 ク ノ !?無理 ジ ャ ナ イ カ ナ 君 ニ ハ 』

「小鳥にそんなこと言われたって説得力ないよ。何事もやってみなきゃわかんないじゃん」

『カ ッ コ イ イ コ ト 言 ッ テ ル ケ ド 、旅 ノ 動機 ガ 不純 ダ ナ ァ ……。マ ア 、都 ニ 行 ク ナ ラ 、川 ヲ 下 ル ノ ガ 一番速 イ ヨ 』

「でも、どうやって下るのさ。俺はこんな体だから、船なんか操れないぞ」

『大丈夫 、良 イ 案 ガ ア ル 』


 そう言って再び飛び立った鳥がくわえてきたのは、古ぼけたお椀と箸でした。


『コ レ ナ ラ 行 ケ ル 』


 なるほど、と一寸法師は手を打ちました。



「じゃあ、行ってくる。お前も達者でな」


 小鳥はピヨッと鳴いて羽ばたきました。一寸法師も笑顔で手を振り返し、小さな川へと箸を沈めたのでした。


「……やべ。また食い物忘れた」


 都に着く前に飢え死んでしまいそうです。

 

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