第30話 魔術記

「あ、そうだった…先生の存在を忘れていました」


 充血した目をこすって志緒理が立ち上がる。


「いままでなにをしていたんですか?」

「なにって、奥の方にいたんだってば。はい、里桜ちゃん」


 森繁が肩にかけたリュックを里桜に手渡す。


「さすがだね。仮面をかぶるときの手際の良さ。ほれぼれしたよ」

「…はあ」


 里桜は戸惑ったようにうなずいてリュックを受け取った。


「いやはや、しかし、鏡を見ると破裂しちゃうなんて、すごいね」


 感心した様子で森繁が言う。


「自分に呪いが返ってきたってことなのかなぁ」


 森繁にそう言われて初めて、結花たち3人はヒイミさまが破裂したことを思い出した。


「あれって、どういうことなのかな…」

 志緒理が結花と里桜を見比べる。

「前に火を向けたときは、怖がって消えるみたいな感じだったけど、今回のは…ちょっと違うよね」

「はい」

 と里桜がうなずく。

「あんな風になるとは…」

「死んだってことかな?」

 結花にはそう思えた。

「ヒイミさまを見たら呪われる。それなら、自分で自分を見たヒイミさまも呪われて死んじゃうってことじゃないの?」

「あたしもそう考えて、鏡を向けてみたの」

 里桜が顎に手を当てて答える。

「パパが、そう言ってたのを思い出して…」

「ってことは」

 志緒理が水の中からメガネを拾う。

「ヒイミさまの呪い、終了?」

「…そうなります、よね」

 結花は何度もうなずいた。

 そうだ、ヒイミさまが死んだなら、呪いは終わりのはずだ。

 どんなホラー映画でも、呪いの元凶を倒したら、登場人物は救われる。

 結花は、パアッと明るい表情になって里桜と志緒理を見た。

 しかし森繁が「残念だけど」と水を差す。

「そう簡単じゃないみたいなんだよなぁ」

「どういうことですか」

 結花が森繁を振り返る。

 すると森繁は金属製の箱をひょいと持ち上げてみせた。先ほどは気づかなかったが、洞窟の奥から持ってきたもののようだ。


「きみたちが戦っている間、ぼくは奥の方で隠れてたわけじゃないよ。こいつを発見してね。斜め読みしていたんだ」


 言いながら箱を開ける。

 中には、古びた油紙に包まれた古文書。


「近藤家が残していた記録だろうね。見てごらん」


 森繁が結花に箱を手渡す。

 古文書には《魔術記》というタイトルが書かれている。江戸時代のもののはずだが、なかなか保存状態がよい。かび臭さの中に、ほのかに甘い香りがするのは、なにか防虫剤や乾燥剤でも使われていたのだろうか。


「洞窟の奥の方は天井が高くなっていてね。その上の方に神棚が作られていた。そこにこれがあったんだ」


 結花が箱を里桜に渡す。


「さっきヒイミさまが出たとわかったとき、ぼくは奥に逃げるしかないと思って、逃げ道を探してたんだ。そしたら偶然、箱を見つけた。近藤家の記録があると聞いていたからピンときてね。なにか対処法があるんじゃないかと、急いで読んでみたんだ」


「そしたら、鏡のことが書いてあったんですか?」


 里桜が今度は志緒理に箱を渡しながら尋ねる。


「そう。細かいことはもっとちゃんと読まないといけないけど、重要なことだからわかりやすく書かれててね。自分で自分を見たヒイミさまは、呪いの矛先がわからなくなり、かけた呪いを解いてしまうんだそうだ。ただ、解くのはあくまで鏡を見せられたときにターゲットにしていた人の呪いだけ。全員の呪いが消えるわけじゃない」

「そういうことだったんですね…」


 志緒理が箱を森繁に返す。


「ぼくが東京で言ったことをおぼえているかい? 呪いをビジネスにしている以上、必ず解く方法があるって。やっぱりそうだったんだなぁ」

「一気に呪いを消す方法はわからないんですか」

「ううん。どうだろうね。もうちょっとちゃんと読んでみないと。ってことで、これ、持ち帰っちゃっていいですかね、近藤さん」


 森繁が近藤の肩をポンと叩いて笑顔で言った。

 近藤は、相変わらず事態が把握できない様子でポカンとしていたが、肩を叩かれてようやく我に返り、

「え、あ、全然。むしろ要らねえわな…」

 と怯えながら答えた。


「そうですか。じゃあ、ありがたくお預かりしますね」


 森繁が満面の笑みを浮かべる。

「あ、それと…さっきの奴がまた来ると思いますんで、仮面と鏡と…それからマッチとかライターなど、火をつけるもの。そういった物を常に身近に置いておいたほうがいいですよ。詳しくは帰りの道すがらお話ししますがね」


 森繁の言葉に、近藤は何度も目をぱちくりさせた。


(続く)

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