第13話 真相①

 私の困惑を感じ取ったのだろう。

 彼女はその整った顔に微笑を浮かべて、私の目をじっと見た。


「驚かせてごめん。でも、一刻を争う事態だったから」

「ううん…ううん」


 私はやっとのことで、それだけ言った。


 危ないところだった。

 彼女が来てくれなければ…死んでいただろう。

 勝手に両手が持ち上がっていく感覚。

 思い出して、ぞっとした。

 あのままいけば、自分で自分の首を絞めていたに違いない。

 でも。

 そうはならなかった。

 私は生きているのだ。

 安堵の気持ちがようやくわき起こってきて、全身がぶるぶると震えた。

 ああ、ああ…と声にならない声が漏れ、私はすがるように彼女の手を取った。


「ありがとう。里桜さん。ありがとう。あなたは命の恩人だわ。ありがとう…」


 私は何度も何度も頭を下げた。

 彼女は相変わらず微笑を浮かべたまま、私の手を握り返してくる。


「いいのよ、そんな。ここに来られたのは、ただの偶然なんだから」

「偶然?」

「そう。あんた、昨日仮屋町で追いかけられたとき、生徒手帳を落としたのよ。そこに住所が書いてあったから」

「…そうだったんだ」


 まったく気づかなかった。

「だから偶然なの。お礼とか、いいから。それに、友だちを助けるのは当たり前のことでしょ」


「友だち…」

「あんたはあたしを差別しなかったし、わざわざ通知表まで届けてくれた。ハンカチも貸してくれた。そういうのって、友だちじゃないの? それとも、友だち宣言とかしないと、気が済まないタイプ?」


「えっと…そういうわけじゃ」

「なら、もういいでしょ。あ、それから、さん付けもやめてね。気を遣われるの、嫌いなの。あたしも結花って呼ぶし。ね、わかった?」

「うん、わかったわ…里桜」

「OK。それでいいよ」


 そう言うと彼女は…里桜は、ニッと笑った。

 私も釣られて笑顔になった。けれど、里桜がすぐに真剣な表情を浮かべる。


「でもね、結花。いまのは一時的な避難措置でしかないから、油断はしないで」


 私の緩んだ気持ちは瞬時に緊張に変わった。


「ってことは、また来る?」

「うん。いつか必ず。まあ、その前に、そっちのひとのほうに来るはずだけど」


 里桜が志緒理さんをチラリと見る。

 私たちのやりとりを黙って聞いていた志緒理さんは、一瞬遅れて「え?」とつぶやいた。


「え、じゃなくて。ヒイミさまを見たんですよね」


 里桜が志緒理さんの前に立つ。


「…見た、けど……」

「ヒイミさまを見たら、呪われた兆候がすぐに現れます。なにか変なモノが見えませんか?」


 里桜が志緒理さんの顔を覗き込むようにして言う。

 志緒理さんは、里桜の後ろをチラリと見た。すると…。


「ひっ」

「…なにかいますか?」


 志緒理さんは、小さくうなずいて「窓の向こうにさっきの女が」と答えた。

 私は「えっ」と驚いて窓に目をやった。けれど、私にはなにも見えなかった。


「兆候の現れ方は人ぞれそれです。そのとき気にしていたことが、幻覚として現れると伝えられています」


 里桜が早口で言う。


「…幻覚、なの。あれは」

「はい。いまはまだ危険はありません。でも、最短で1時間後に、呪いに来ます。そのときは実体がある」

「うっ」


 志緒理さんが突然鼻を押さえて顔をしかめた。


「どうしたんですか」

「…さっき、魚が腐ったような臭いがしたでしょ。あれがまた…」


 しかし私にはわからなかった。


「魚が腐ったような臭い…しますか?」

「え…これも、幻覚なの?」


 志緒理さんが里桜を見る。里桜は「そうです」とうなずき、こう続けた。


「理由はわかりませんが、ヒイミさまと魚臭さはセットなんです」

「なによそれ。あー、やだやだ!」


 志緒理さんが手をひらひらと振りながら叫ぶ。私は思わずスカートを見た。先輩の家で天井から垂れてきた液体を思い出したのだ。


 里桜が「すぐにここを出ましょう」と廊下へ歩み出た。


「さっきも言いましたが、最短で1時間後にヒイミさまが来ます。ここは危険ですから」

「行くって、どこへ?」


 私がそう尋ねると、里桜は一瞬考え込んだのち「あたしの家へ」と答えた。


(続く)


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