第4話 仮屋町②

 先輩と里桜が笑い合う様子が、脳裏に蘇ってくる。

 途端に悲しくなった。

 先輩はもういない。この町で、変わり果てた姿になってしまった。

 結花の沈鬱ちんうつな表情を読み取ったのか、里桜が心配そうに言った。

「ちょっと。大丈夫?」

 結花はなにも答えず、チラリと里桜の顔をうかがった。

 聞くならいまだ。先輩との関係とか、昨日あれからどうしたのか、とか…。聞きたいことは山ほどある。もう学校に行かないということは、ここで聞き逃してしまえば、チャンスは二度とないかもしれない。

 乾燥した唇をなめて、結花は「あのね」と切り出した。

「いま、里桜さんが言ったとおり、私、ただ通知表を届けに来たわけじゃないの」「え?」

 突然の告白に、里桜が戸惑った様子を見せる。

「私、見たの。昨日、先輩と…朔太郎先輩とあなたが話していたの、見たのよ」

 里桜は、明らかに動揺したようで、素早くまばたきをすると顔を背けて歩き去ろうとした。

 慌てて追いかける。

「その先輩が、昨日この町で自殺した。それもあり得ないやり方で。みんな言ってたわ。この町で亡くなったのなら、普通の自殺のわけがないって」

 一気にそこまで言うと、里桜の足がピタリと止まった。

「じゃあ、なんだっていうのよ」

 勢いよく振り向く。低く、悲しみのこもった声だった。先ほどとは打って変わって怒りに満ちた表情で、頬が少し上気している。

 里桜の剣幕に気圧けおされ、結花は思わずたじろいだ。

 でも、ここまできたら、もう後戻りはできない。

 結花はキッと目に力を入れて、里桜を見た。

「あなたが彼を……先輩を殺したんじゃないの?」

 ──本気でそう考えているわけではない。でも里桜に普通の質問をしても、はぐらかされる気がしたのだ。

 里桜は息をのんで固まった。でも、すぐに我に返って、強く首を振った。

「ちがう。あたしじゃない。あたしは、止めようとしたのよ。でも…でも…」

 続きの言葉はなかなか出てこなかった。

 その様子を見て確信した。

 やっぱり、彼女はなにかを知っている。この町で、先輩になにが起こったのかを。

 里桜は、わなわなと唇を震わせながら、自分の身体を両腕でギュッと抱きしめた。恐怖に耐えているようにも見えたし、言ってはいけない秘密を抱えているようにも見えた。

 やがて大きく息を吸うと、観念したようにポツリと言った。

「彼は…見てしまったの」

「見た? なにを?」

 結花はつとめて冷静になり、優しく先をうながした。すると里桜は、潤んだ両目をわずかに細めてこう言った。

「彼は……ヒイミさまを見てしまった」

 透き通った大粒の涙が、里桜の頬を伝って落ちていった。


 ヒイミさま。

 見たら呪われるという怨霊。


 確かに私も疑った。亡くなり方といい、亡くなった日にちといい、なにか関係があるのではないかと思った。

 でも先輩は信じていなかった。24日の夜、外に出ても大丈夫だと笑っていた。

 もしヒイミさまが本当にいるとして……。いままで平気だったのに、どうして昨日に限って呪われたのだろう?

 結花は泣きじゃくる里桜にハンカチを渡すと、優しく言った。

「里桜さん。知っていることを教えて。私、真相を理解しておきたいの。昨日なにがあったのか。ヒイミさまって、なんなのか」

 里桜はハンカチを受け取ると、結花の目を見て小さくうなずいた。

 そのときだった。

 黒と白に塗られた仮面をかぶった男たちが、木塀の向こうから現れた。最初に2人、続いてもう2人。全部で4人。4人の男たちが結花に向かって突進してくる。

「──逃げて!」

 里桜が、とっさに結花を押しながら叫んだ。

 ――え、え、え?

 なにが起きたのか、わからなかった。

「逃げて!」

 もう一度、里桜が叫んだ。

 その切羽せっぱ詰まった声に、思わずうなずく。

「う、うん!」

 結花は地面を強く蹴って、来た道を全力疾走した。

 その瞬間、後ろから男たちの怒声が飛んでくる。

 振り返る余裕はなかった。

 ──この人たち、なんなの?

 なんで追いかけてくるの?

 頭の中が真っ白になる。

 わけがわからないまま、たばこ屋の角を曲がった。

 すると前方にバス停が見えてきた。

 近くに何人かいたはず。

 私を見ていた人が何人か。

「誰か助けて! おねがい!」

 走りながら叫んだ。

 しかし、誰も出てこなかった。

 ──うそでしょ?

 そうこうしている間にも、男たちが迫ってくる。

 差は20メートルもない。

 結花は、泣きそうになりながら、何とか足を動かした。

 一心不乱に向かってくる4つの仮面。

 こわかった。

 絶対に追いつかれたくない。

 その思いだけで足を動かし続けた。

 でも、ひざに力が入らなかった。

 男たちの足音が、どんどん近づいてくる。差は縮まる一方。このままだと、追いつかれるのも時間の問題。

 どうしよう。どうしよう。

 焦れば焦るほど足がもつれ、自分の足じゃないみたいになる。

 そのとき、前方に大橋が見えてきた。

 あそこを渡れば、町から出られる。

 そしたらきっと、誰かが助けてくれる!

 結花は自分を鼓舞こぶした。


 がんばるのよ、私。あそこを越えるまで!


 転がり込むように大橋に駆け入る。

 そのまま50メートルほど走ったときだった。

 後ろから迫る足音がいつのまにか消えていることに気づいた。

 ──あれ?

 スピードを緩めて振り返る。

 すると男たちは橋のたもとにジッと立っていた。

 なぜなのかはわからない。

 でも、男たちはそれ以上こちらへ来られないようだった。

 ――助かった…の?

 がくがくと震える膝を押さえながら、結花は荒い呼吸を整えた。

 しばらくそうしていると、男たちは仮面を結花の方に向けたまま、後ろ歩きで引き返していった。そしてそのまま脇道に姿を消すと、それっきりもう、現れなかった。


 悪夢のような出来事だった。


 見知らぬ町で、見知らぬ仮面の男たちに追いかけられる……。

 もし、追いつかれていたら、どうなっていたのだろう。

 嫌な想像しか浮かばない。


 ジトッとした汗が、結花の背中を流れていった。


(続く)


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