42 6つの花咲く廊下から 1/2
◆30
「傷、痛まない?」
「まだ平気です。僕のことより、あなたの怪我はどうなんですか? かなり出血していましたよね」
「出血多量につき、可愛い恋人の作るアイスココアを所望します。もちろんお砂糖とクリーム増し増しで」
「いや、そうじゃないでしょう」
「作ってくれないの? あなたに会えない間、休日も甘い物もずっと我慢してたのに」
「それは申し訳ありませんでした。ってそうではなく。あなた、自分で治癒魔法使えるじゃないですか。
「うふふ。レンリに治してもらう分は取っておかなきゃ」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか。それならせめて、僕は自分の足で歩きますから」
「それはダメ」
「なぜです?」
「今あなたを下ろしたら、私の背中が寂しいわ」
「あなたねえ」
さらさらの頭髪に半ば顔を埋めて、レンリは息をついた。
手近な部屋から男物の着替えを拝借してきたスカーレットは、華奢な身体のどこからそんな力が出るのか、負傷したレンリを軽々と背中に抱え上げてしまった。
情けないやら恥ずかしいやらで、レンリの顔は熱くなるばかり。女に背負われるというのは、成人男性としては許容し難いものがある。
それでもこの場所に甘んじているのには、主に二つの事情がある。レンリがまともに歩けなかったこと。そして、彼を背負う恋人が、いつにも増して嬉しそうにしていることだ。
スカーレットがとある仕事をする間に、レンリは
ナナハネたちとも互いの状況を確認し合い、現在、負傷者の治療を行うために客室棟への廊下へと向かっているところである。
間もなく遠くから和やかな声が聞こえたかと思うと、廊下の奥に3つの人影を認識した。色彩から、二人の令嬢とガスパーであることが分かる。訝しく思って凝視していると、その理由はすぐに知れた。
「ナナハネー! さっきの俺、かっこよかった?」
「うん、すっごくかっこよかった! 青い炎なんて出しちゃって、やっぱりガスパーが私の王子様だって思ったよ。あ、ごめんなさい、私」
「どうぞお好きになさいまし」
「別に私たちのことなんて気にしなくていいから」
「いっしっしー。燃え盛る青き炎を見たか! もはやあれはブレイジングスターなどではなーい! そうだ。深淵の青き炎、ダークネスブルーフレイムと名付けよう!」
「いや、無理ですよ。固有魔法の名前を変えることはできませんからね」
「何だってー!?」
透かさずレンリが口を挟めば、目前の金髪は大げさに残念がる素振りを見せた。彼の顔の横で、一回り小さな女の顔が笑っている。美男が美女を背中に背負っている構図は、悔しいほど様になっていた。
「いや、あなたも説明受けたでしょう。公認魔法氏になる時に」
「てんで覚えていない」
「私も」
「やれやれ、似た者同士はこれですから」
一同、足を止める。眼前の8つの目が、レンリたちを凝視していた。
ナナハネに不安げな眼差しで見つめられるのは構わない。にやにや顔のガスパーの顔も、まだ我慢ができる。
けれど、後ろにいる二人の令嬢たちに興味津々といった顔を向けられるのは、心底勘弁願いたかった。
「レンリさん、大丈夫ですか?」
「少々不覚を取りましたが、スカーレットに治療をしていただいたのでそんなに問題ありません。ナナハネさんは、まだ治療をしていないんでしたね」
「そうそう。早くナナハネの傷を回復しておくれ。一応止血はしたけど、血がなかなか止まんないんだよ」
「すみません。
「仕方ありませんわね。でしたら、
レンリは唇を噛んだ。治癒師として力を振るうべき場面で、無力な自分が情けなかった。
居たたまれなくなり、視線を下へ。目に映るのは、不格好なズボンの裾から覗く細い足。
その持ち主が、俄かに明るい声を発した。
「待って。あなたたちも怪我をしてるんでしょう? 今日は特別に、私が一肌脱ぎましょう」
「え? スカーレット社長が?」
「ボス?」
「何をするんです?」
彼女をよく知る3人も、初対面の令嬢たちも、同じような戸惑いの表情だ。
やおら、視界が降下した。レンリの身体がそっと地面に下ろされる。
「レンリはもう治癒を掛けたあとだから、ここで待っててね」
「はい? あなた、まさか無茶なことをしようとしていませんよね?」
「お怪我をされた方、私の周りにお集まりくださーい!」
得意げに言って、鼻歌など歌い出している。
どういった心境の変化があったのか、レンリには想像もつかない。端的に言って、今の彼女は相当に上機嫌だった。
「お願いします」
「ボス! ナナハネをおなしゃーす!」
「何をするの?」
「何ですの? 何が始まるんですの?」
令嬢たちの目前まで歩みを進めた女は、熱心に二人を観察し始めた。まずはアウリエッタを見、しばらくの後、シュリーネを見つめる。
「あっ、あなた、勇者様……?」
「な、何ですの? 近いですわよ」
二人の声には答えずに、スカーレットは一つ大きく頷いた。
「あなたの主属性は風、あなたは光。問題ないわね」
「お待ちくださいまし!」
「言ってないのに何で?」
ナナハネ、アウリエッタ、シュリーネ。壁際に並んだ3人を順繰りに見回して、スカーレットは俄かに目を閉じた。
皆、固唾を飲んで見守る。ややあって、瞳が開かれた。
「フラワー・フィールド!」
「は? ちょっ、それは……?」
現れたのは、一面の花畑だった。ただし、色彩がない。
白い茎に、白い葉、白い花々。輪郭だけの花畑は、それでも役割を全うし、驚愕する面々の傷を十全に回復した。
驚嘆したのは、彼女以外の全員だ。
「はい、できあがり。レンリには全然適わないけど、その辺りの治癒氏には負けない回復力だと思うわ」
「確かに、身体がとても楽ですわ」
「治ってる。痛いのも、傷も。全部、綺麗に」
「ありがとうございました。社長って、こんな魔法も使えたんですね。やっぱりすごいなぁ」
「僕の固有魔法を、なぜあなたが」
呆気に取られて尋ねるレンリに、スカーレットは両腕をひらひらと回しながら答えた。
「これはね、魔法再現って言うの。言ってみれば、固有魔法の応用ね。結構な時間と集中力が必要だから、全く実践向きではないんだけど。あなたのフラワーフィールドを光属性で再現してみたのよ。どう? それなりにうまくできてたでしょ?」
得意げに締めくくり、しかし、思い出したように人差し指を唇に当てた。
「あっ、今の話、他の人には内緒にしておいてね。特に、魔法教会には」
「あなたにかかるともうめちゃくちゃです……。僕のアイデンティティーがー……!」
ナナハネたちから離れたところに膝を抱えて座り、レンリは項垂れた。そのまま地面に蹲りそうな勢いだったので、慌ててスカーレットが支えに入る。
「レンリ? ねえ、どうしてあなたが落ち込んでるの? あなたの怪我はさっき治療したでしょ?」
「もう放っておいてください……」
「いったい何なんですの? わけが分かりませんわよ」
「固有魔法の応用って何? そんなの習ったこともないわ」
「もう、この人がいればなんにもいらないんじゃないかな……」
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