21 動揺の昼下がり 2/2

 発見現場となったのは、オリエンス商会から最も近い転移装置トランスゲートであった。

 黒い戦闘服の人間が慌ただしく動き回っている。その中心を、大きな黒布が覆っていた。

 野次馬たちを鬱陶しげにあしらっていた自警団の一人が、スカーレットたちを認めてやってきた。彼女とは時々顔を合わせるロマンスグレーの男であった。


「オリエンス殿」

「お疲れ様です。状況をお教えいただけますか?」

「直接見ていただいた方が早いかと。ハートリー殿も、ご覚悟はよろしいですかな?」


 一度大きく呼吸をして、ナナハネが頷いた。普段は顔を見れば嫌味ばかりの彼等も、この時ばかりはそのような素振り一つ見せず、沈痛な面持ちで接してくるのだった。

 男の手が布へと掛かる。ナナハネが息を詰めているのが分かった。

 その時、転移装置トランスゲートの赤い外壁に薄紅色の相貌を発見して、スカーレットは思わず駆け寄っていた。一拍遅れてナナハネも続く。


「セレン」

「セレンさん」

「二人の通信端末ミミアが見つかったらしい」


 すっかり血の気の失せた顔で、セレンが呟いた。この秘書がこれほどの動揺を見せるところを、スカーレットは今まで一度も見たことがなかった。


「スカーレット社長」

「ええ。大丈夫よ、セレン。きっと、何かの間違いだから」


 3人にだけ聞こえる声で、彼女は言った。

 その言葉が単なる気休めでないことを、語調から読み取ったらしい。僅かに表情を明るくして、セレンは現場へと視線を移した。


「……」

「……っ!!」


 広がっていたのは、見るも無惨な光景であった。

 顔と言わず四肢と言わず体幹と言わず、二つの遺体はこれ以上ないほどに激しく損壊していた。衣類は隙間なく真っ赤に染まり、切り裂かれて、元の形も分からない。

 血の海に沈んだ頭の中に、茶色と金色の糸が見えた。


「いやっ! そんな……!」


 悲痛な叫びを上げて倒れ込むナナハネを抱え上げるようにして、スカーレットは壁際へと彼女を誘導した。


「大丈夫。ね。信じて」


 言い残して、遺体の元へと歩みを進めていく。そして、茶髪の男の傍に屈み込んだ。

 顔を近づけ、悲惨な様相をじっと見つめている。飾ることを忘れた相貌に色はなかった。


「オリエンス殿」


 自警団員の呼びかけには答えず、もう一人の骸の傍へ。同じように腰を落とし、しばし覗き込む。

 セレンに視線を一つやり、そして、未だ悲嘆の最中さなかにいるナナハネの元へと歩み寄った。


「大丈夫。あの二人はレンリとガスパーくんじゃないわ」

「ほんとに……?」

「ええ」


 ナナハネの目線が上がる。セレンが傍らまでやってきた。

 「詳しくご説明をいただけますかな?」と、ロマンスグレーの男。スカーレットは、いささか温かみの戻った顔で、全員に聞こえるように発言した。


「ほんの少しですけれど、洋服に残っていた魔力痕を観ました。レンリ・クライブの主属性は大地ですが、この方は炎。ガスパー・ディアンツの主属性は炎ですが、この方は風でした」

「このご遺体は、御社の社員のものではないと? 間違いないのですかな?」


 猜疑心も露わに聞いてくるのは、中年の男性団員。スカーレットは光の戻った瞳ではっきりと断言した。


「ええ。二人の所持品の魔力痕から、健在であることも確認済みです」

「でも、通信端末ミミアが見つかったのよ。信じたくないのは分かるけど、妄想なんかじゃ何にも解決しないわよ」


 声を上げるピンクブロンドの女を、先ほどの中年の男が手で制止する。合点がいっているとは言い難い顔であった。


「団長殿が言っておられた。オリエンス殿の魔力痕を見る力は本物だと」

「でも、じゃあ、この人たちは誰だって言うの? 応えてご覧なさいよ、オリエンス様!」

「仕組まれたんだ……」


 スカーレットが見解を述べる前に、か細い声が空気を震わせていた。真剣な瞳に涙を湛えて、ナナハネは立っていた。

 運ばれていく遺体を見、その次にスカーレットを見据えて、彼女は続けた。


「誰かがレンリさんとガスパーを死んだことにしたかったんだ……。身代わりにするために似た人をわざわざ……。通信端末ミミアまで置いて……。こんな、こんなひどいことをするような人を、放っておくなんてできない」


 泣き出しそうな表情の中に、確かにみなぎる強い決意。

 彼女の思いが、スカーレットの中にも小さな闘志を呼び覚ました。それは一瞬のうちに血液に乗って全身を駆け巡り、前途ぜんと一縷いちるの光明を示した。


「食い止めるわよ。私たちで、これ以上の犠牲を」


 晴れ渡る空の彼方に目をやり、スカーレットは力強く宣言した。朧げな真実の輪郭をなぞる。

 公園での遭遇、レニスでの晩餐会。著名な魔法絵師と、女王の影。一つの共通項に乗っ取って集められた被害者たちと、一部の人間の末路。

 その先に彼女が見た物は——。

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