14 氷の微笑 1/2

 ◆12



 長らく人に興味を持てずにいたのは、遠からず別れがくると分かっていたからだろうか。あるいは、彼等の命も思い出も、水泡すいほうのように儚い物だと知っていたからだろうか。

 彼等と縁を持った時点で、戦火にまみれた自らの宿命、その一部を背負わせることが運命付けられるからかもしれない。

 重々、身に染みているはずだった。失いたくない物があること。それが今の自分の強さであり、弱さでもあると。

 けれど、久々に手にした温もりを手放すことは、どうしてもできそうにない。



*



 寂れた朝の城下町を、スカーレットたちは歩いていた。

 南に行けば港と市場が、東には物流にも使用される巨大な街道が、東には強固な壁に守られた城がある。しかし、二人がやってきたこの場所には、とかく活気と呼べる物がなかった。

 古ぼけた家並みを目端に流しながら、ナナハネが話しかける。穏やかな表情を湛えて一見元気そうであるが、その目元はいささか暗い。


「レニスって、久々にきましたー。4人で遊園地アリスランドに遊びに行った時以来かも」

「アリスランド……。えーっと……ナナハネちゃんが入社してすぐに行ったんだったわね」

「そうじゃなくってー。去年も一緒に行ったじゃないですかー」

「あらそうだった? 長生きしてると忘れっぽくていけないわ」


 悪戯っぽく笑うスカーレットに気負った様子は見られない。そして、それは隣を歩くナナハネも同様だった。


「そうですよー。あの時にはレンリさんととっくに付き合ってたんでしょ? 私たちのことばっかり聞いてきて、白々しいんだからー」

「だって、あなたたちの話を聞いてる方が楽しいじゃない」


 勇者一行の仲間が失踪したという事実は、有能なカルパドールの自警団長によって、瞬時に各国の首脳陣へと伝達された。

 カルパドール市長から機械都市グリンフォードの国王に協力依頼が出され、当該国の自警団から周辺地域の転移装置トランスゲートの使用履歴が届けられたのが今朝方のこと。

 当然後々見返りを支払うこととなるだろうが、それにしても異例の対応の速さである。勇者の影響力が伺い知れようというものだ。

 すぐに記録の検証を開始したスカーレットが注目したのは、当日午前の公園近くのゲートに残されていた履歴だった。連続で同じナンバーのゲートに転移している。転移先のゲートナンバーは7-8。

 早速飛んでみると、確かにそこにはレンリたちの物と思しき魔力痕が確認できたのだった。彼等に繋がる糸口を発見し、一時は舞い上がったものの、そこから先の足取りはぱったりと途絶えていた。


 途中、民家以外の建物も何軒か周った。赤い布張りの新しそうな露店では、串に刺した肉や魚が香ばしい香りを振り撒きながら焼けていた。

 魔竜記念美術館という大それた名称の美術館には、誰が描いたのかは分からないが、迫力のある竜族の絵が所狭しと並んでいた。


「これ、千年竜ですか? 貫録がすごいですねぇ」

「そうでございましょう」

「あっ、百日竜。ちっちゃくて可愛い」

「お客さん、竜には詳しいんですかい?」

「えっ? あぁ、えっとー……ちょっとだけ、興味があったっていうか」

「それは私としても嬉しいですなぁ」

「あのう、一昨日なんですけど、ここに二人組みの男の人がきませんでしたか? 金髪と茶髪の二人なんですけど」

「さあねぇ。私が覚えてる限りじゃあ、二人組みのお客さんは何組かいらしたと思いますがね。特徴まではいちいち覚えちゃいませんから」

「そ、そうですよね」


 魔竜の名を冠した美術館が人気のない立地にあることを、不可解に思いはした。館長を名乗る長いひげの老人に、不気味な気配を感じもした。

 けれど、ナナハネは身分をごまかすのに必死で、スカーレットも魔力痕を探し出そうと躍起になっていた。


「どうでした?」

「ここにはきていないと思うわ」

「そっかー。レンリさんなら絶対きてると思ったのに。やっぱりそれどころじゃなかったのかな」


 美術館を背にして手短に成果を共有し、二人は歩き出した。


「なんか、さっきの絵、レンリさんが描くのとは全然違いましたね」

「私がこれまでに見てきた絵とも全然違ってたわ。無難というか、起伏がないというか。あんな絵画もあるのね」


 スカーレットは、二人が魔力痕を残さなかった可能性を見落としていた。ナナハネは、社長の感覚を当てにしすぎていた。

 二人は、僅かな違和感をもっと大切にすべきだったのだ。





「スカーレット社長。何か食べませんか? 買ってきますよ」

「それじゃあお言葉に甘えて、私は2、3件連絡をしようかしら?」


 二人は、南の市場の方角へ小一時間ほど歩いた。無論手掛かりを探しながらではあるが、彼女等が足を止めるに足る物は終ぞ見つからなかった。

 午後からはぎっしりと詰まった通常業務が待っている。本日調査に費やせる時間は残り僅か。しかし、腹の虫が催促を始めているのもまた事実なのだった。

 ナナハネは、スカーレットをベンチで待たせて、目に入った軽食の屋台へと向かった。昼食時が近いこともあり、数人が列になって待っている。

 黄色いテントの側面に貼られたメニュー表を確認し、二人の注文の品を決める。スカーレットには白身魚と野菜のロールサンド。自分にはサーモンとアボカドのサンドイッチ。


「うん、これにしよ」


 一人で小さく首肯して、列の最後尾に並ぼうとした時である。少し遅れてやってきた男が、強引にナナハネの前に割り込んできた。男の肩が顔面にぶつかり、ナナハネは後方へと押しやられる。


「痛……」

「いってぇなぁ!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 荒々しい声に肩が震える。争い事を好まない彼女は、甘んじて男の仕打ちを受け入れた。

 それが悪かったのだろうか。男が振り向き、眼光鋭く睨みつけてきた。


「割り込みたぁ感心しねぇなぁ、嬢ちゃん」

「えっ? あっ……すみません」

「すみませんじゃぁねぇだろうが。おうおう、最近の女は基本ができてねぇ」

「俺等を敵に回そうなんぞ、見縊られたもんだよなぁ。さては嬢ちゃん、よそもんだろ」

「……っ!!」


 背後からの声に再び肩が大きく跳ねる。その様子を笑い飛ばす男たち。気付けば列に並んでいた人間は散開し、4人の男に四方を囲まれる格好となっていた。

 遠巻きに静観する者たちに、助けを乞う視線を送ってみる。ところが、皆巻き込まれるのは勘弁とばかりに目を反らすばかりである。

 ナナハネは、しきりに頭を下げた。


「あの、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 心優しい遊撃手は、一般の市民に杖を向けるという選択肢を初めから持っていないのだ。


「まあ、あっちでゆーっくり話そうや。なぁ?」


 ついに、一人の手が彼女へと伸ばされそうになった、その刹那。


「はい、そこまでです!」



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