02 勇者協定、廃止

 ◆2



 大きな白い円卓を、7人の男女が囲んでいる。皆一様に厳粛な表情を作り、時の訪れを待っていた。


 世界三大都市と呼ばれる国々、商業都市カルパドール、魔法都市ベルベリア、機械都市グリンフォードの首脳とその補佐官。そして、魔法教会の代表者である。


「皆様。本日は、ご多忙の中、遥々カルパドールまでお越しいただきまして、まことにありがとう存じます」


 口を開いたのは、着席したままでも十分な貫録を放つ老婦人。名をブランシュ・マルコットと言い、実に35年以上に渡り、カルパドールの市長として改革を推し進めてきた一代の英傑である。


「それでは、代表者会議を開始いたしましょう」

「その前に、ご紹介を願えますかな? 魔法教会の御仁。私の思い違いでなければ、初めてお目に掛かるはずだが」


 白金色の王冠を乗せた人物は、機械都市グリンフォードの国王、リオゴール・フォーマルハウト・グリンフォード。

 視線を向けられた女が座席から立ち上がり、淑やかに頭を下げた。

 こじんまりとまとまった極めて小柄な体躯で、年は20代半ばほどだろうか。浅黒い肌からは貫録が漂い、さらりと舞う深紅の短髪と純白のマントが目に眩しい。


「失礼いたします。魔法教会より参りました、第四席の公認魔法師、チーナ・ケーターと申します。このような神聖な場に、若輩のわたくしが参会いたしますこと、どうぞご容赦を」


「これはまた、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんだ」


 茶化すように彼女に声を掛ける者は、魔法都市ベルベリアの国王、ガイアス・サンセット・ベルベリア。


「総帥はどうなされたのかな? 第三席までのお方は?」

「総帥、及び第三席までの者は、火急の要件がございまして、その対応に追われております」

「総帥が欠席なされるなど、前代未聞のことですわね。その要件とはどう言ったことなのでしょう?」


 問いかけるブランシュに、チーナは静かにかぶりを振る。


「恐れながら、わたくしの口から申し述べることはできません。決して口外せぬようにとの、総帥からのご命令です故に」

「少しぐらい教えてくれたっていいじゃなーい? 魔法教会のことなんでしょう? 我々代表者にも、協力できることがあるかもしれないよーん」

 「陛下。代表者会議の最中ですよ。戯れ言はどうか慎んでいただきますよう」


 へつらうような語調のガイアスを、月従う補佐官の男性が小声でたしなめる。

 ブランシュは、不愉快そうな形相を隠すことなく彼へと向けた。今にも何かを言いたげだが、口に出すことは決してしない。


「いいえ、ご心配には及びません」

「そう言わずにー、ね? ベルベリアと魔法教会は、お友達みたいなものなんだから。ほら」

「いえ、ですが……」

「もしや、あのならず者集団のことかな? 確か……そう、ワンラインという名でしたか」


「ガイアス殿下」


 重々しい扉が豪快に開き、咎めるような茶化すような声を響かせて、一人の男が入室してきた。

 純白のマントに同じ色の制帽が、独特の風格漂う首脳陣の中でも一際異彩を放っている。彼は、背筋を伸ばして座るチーナの傍まで歩みを進めると、空いていた座席に悠然と腰を下ろした。

 魔法教会最高位の座に着く男、カザール・ハイエスタである。



「未来ある若者を揶揄からかうのはやめていただきたいものですな。彼女は魔法教会の期待の新星なのですよ」

「おっと、噂の総帥閣下のご登場だ」

「盛り上がっておられるところを申し訳ないが、カルパドール市長。勇者協定について話し合うのでしょう?」


 グリンフォード国王の重々しい呼びかけで、ようやく代表者会議が開始された。



「ええ……。ご承知の通りではございますが、今一度、本協定の辿った経緯についてご説明いたします」


 凛と引き締まった声が、静謐な会場に反響する。


「魔竜フェイデルが勇者の手により討伐され、今月でちょうど2年となります。本協定の猶予期間は、当初、魔竜討伐後6カ月間と定められておりましたが、魔法教会からの再三に渡る申し出により、一年半の延長期間に入っておりました」


 朗々ろうろうとした語り口で、ブランシュが解説する。出席者たちは一様に、手元の紙面に目を落としている。


「落日の夜の爪痕も大方回復し、活性化していた脅威もほとんどが人前に姿を現さなくなったことは、周知の通りです。よって、本協定の猶予期間を脱するべき時であると考えるものです」


 一呼吸置き、さらに彼女は続けた。


「それでは、戦力保護不可侵協定、通称勇者協定の廃止について、皆様方のご意見を伺って参りましょう。まずは、グリンフォード代表、リオゴール国王陛下」

「異論はない」


 リオゴールは、明瞭な低温で簡潔に応じた。生真面目そうな相貌には、付け入る隙など微塵もない。


「ベルベリア代表、ガイアス国王陛下。国としてのご意見を」

「異論のいの字もありませんよー。むしろ、我が国はこの時を待っておりましたから。彼女を物にするチャンスを得られる、この時をね」


 対して、ガイアスは、含みのある態度で悠々と応じる。

 ベルベリアの王位を継ぐ人物は、代々女好きとして知られており、この男も例外ではない。よく言えばフェミニスト、悪く言えば手が速い。良からぬことを企んでいるに違いないと、出席者の誰もが考えていた。


「それでは、カザール・ハイエスタ総帥閣下。魔法教会としてのご意向を」

「チーナ」


 総帥に指名された若い女は、未だ緊張した面持ちで、機械的に言葉を紡いだ。


「はい。魔法教会の意向としましては、これまで通り、勇者とその部下に固有魔法を提供しつつ、永続的な関係を継続して参る所存でございます」

「首輪はしっかり着けているのかね? ずいぶんと奔放にさせているようだが」

「陛下、不謹慎ですよ」

「勇者は誰にも支配されませんよー。勇者は自由であるべきで、だからこそ美しいのです」

「皆様、ご静粛に!」


 リオゴールの軽薄な発言を彼の補佐官がたしなめ、ガイアスが楽しげに口を挟む。自己主張の激しい面々が好き勝手に話始めると、ブランシュは今回の司会を請け負ったことを後悔しながら、よく通る声で場を勇めるのであった。



「時に、ブランシュ・マルコットカルパドール市長」


 会合の場が落ち着きを取り戻すと、透かさずカザールが口を開いた。


「まだあなたのお考えをお聞かせいただいていませんな」


 感心を向けられたブランシュは、皺の刻まれた手で口元を覆った。分かり切ったことを。あでやかな微笑みの奥で、彼女はそう言っている。


わたくしは、以前より申し上げている通りですわ。協定の廃止に異存はございません。勇者とて、一人の人間。彼女たちがカルパドールを出たいと言うのでしたら、わたくしにそれを止める術はございませんもの」

「要するに、勇者が他国に流れても構わぬと」


 念を押すように、リオゴール。


「ええ。世界に平和が訪れた今、勇者の存在を取り合う必要はどこにもないはずですわ。そうですわよね?」

「そんなことを言いながら、裏で彼女たちに取り入っているのでしょう? 抜け目のない貴女きじょらしい」

「あらあら、何をおっしゃいますやら。滅相もございませんわ」


 カザールの挑発的な物言いにも、豪胆な市長は動じることがない。


「まあ、仲良くやりましょうよ。お互いのためにね」

「ええ、もちろんですわ」

「善処しよう」

「これは、我々もうかうかしていられませんな」


 ごく控えめな笑いのさざなみが室内に広がる。見れば、誰も彼も、腹に一物ありげな表情である。

 この会合に初めて出席したチーナは、一見温和な空気の中に、ぴりぴりとした緊張の糸が張り巡らされているのを感じ取っていた。



「それでは、本日の代表者会議を持ちまして、戦力保護不可侵協定の廃止を宣言いたします」


 厳かなブランシュの言葉が会場に反響する。

 緩やかだった勇者たちの運命が、彼女たちの知らぬところで、今まさに、動き始めた。

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