第3話
外灯は、登り坂が下り坂に変わるところにぽつんとありましたが、電球が切れかかっていて、ぼおっと光っているだけです。
夏に近づいているのに虫の音もせず、全身にねばつくような異様な空気がありました。
彼は、下り坂でも嬉々として怖い話を姉に聞かせ続けたそうです。
もしかしたら、それまでの交友関係ではそう真剣に聞いてもらえてなかったか、何度も聞かせて怖い話に慣れてしまった友人しか周囲にいないのだろうか、と姉は思ったそうです。
ただ、そうまでして承認欲求を満たしたいのか……姉は気持ち悪くなってきたそうです。
怖い話の内容自体が怖いこともそうでしたが、話し続ける彼のことが怖かったと言います。
決して早口ではなく、怖さを煽るような口調や、よくある急に大声を「うわーっ」と出すようなことはせず、ただとめどなく次から次へと姉に怖い話を聞かせていました。
姉が怖い話に感想を述べることを求めていたようでもありません。
姉は何処に連れて行かれるのだろう、と考えました。
彼の目的は何なのだろう、と。
得体が知れない――到底理解の及ばないものについてきてしまったのかもしれない、という心地になりました。
姉は想像しました。
彼の連れて行かれた先には複数人がいて、囲まれて何かされるんじゃないか。
もしくは道の先に車が止めてあって、それに無理矢理乗り込まされるのでは?
……端的に言えば、彼に快楽殺人犯の片鱗があるような気がしてきたのです。
しかし、何故湧き水のように、怖い話が出てくるのだろう。
どれもこの辺りでの実体験ばかり。
そんなに何度も経験するものか? 霊感があるにしてもほどがある。
それに、そんな体験をしたのにわざわざ
かと言って、全て捏造だと決めつけるには現実味がありすぎるし、全て話の時系列も合っている。
「俺は怖いことが好きな訳じゃないよ、むしろ逆、ほんとこんなこと起きないなら起きない方がいいよ」
そう言って、また次の怖い話を始めるのです。
もしや――いや、有り得ないことだけど――この世ならざる者なのだろうか。そういう怪談を聞いたことがある気がする。
わざと怖がらせて、どこかこの世ではない場所に誰かを引き摺り込むために……。
下り坂が終わりに差し掛かると、左側――姉のいる側に、高いフェンスに囲まれた運動場というか草野球の練習場が見えてきました。
相変わらず右側――彼のいる側は木々の暗がりが生い茂っていますが。
幸いなのは、野球場には外灯が四、五本立っていてそれが道路まで
姉はやっと冷静さが戻ってきたことで、ふと思いついてスマホを見て、時間を確認したそうです。
二十時。もう二時間も歩き通しだったようです。
彼はまだ喋っています。
「あ、そうだ。この辺りではね、」
その時でした。
彼がまた「危ないっ」と叫んで姉の肩を抱きました。
今度は車が来ていることもなく、人が通り掛かったわけでもありません。
「ふう……。危なかったね」
彼はこの時、マスクを下げて歯を見せて笑いました。
何が危なかったのか、姉には分かりません。
「あの、あのさ……やめようよ、そういう、話するの……」
姉はもう何度目か、しかし今度は本当に勇気を持って申し出ました。
「ん?」と彼は首を傾げました。
外灯の下で、彼の目が狂気じみた鈍い光を放っていることに気付いてしまいました。
「あ、ううん。何でもない」
姉は反射的に明るく手を振って、自分の言葉を打ち消しました。
彼の言葉を一つでも否定してはまずいことになる、と本能的に思ったそうです。
怖い話を聞かせ続ける以外は、喋り方も素行も至って普通の親切な男性ですが、姉は「殺される」とすら思いました。
野球の練習場をぐるりと大回りして、彼と共に歩きました。
姉の足はがくがくと震えていましたが、それを懸命に隠しました。弱さを見せた瞬間につけ込まれる気がしたからです。
そして。
姉がスマホを取り出したのを見たことで、彼は思い出してしまったのか。
「そうだ、その時に撮った映像だってあるんだよ。まあ信じるかは君に任せるけど」
自分のスマホを操作し、動画を再生し、姉に向けました。
姉は逆上されないために、従うしかありません。
その動画には、姉の後ろ姿が映っていて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます