第2話

 その人との待ち合わせは十八時。もう薄暗くなる頃です。


 遅すぎると思いますが、彼が言うには「ほら、こんなご時世だから堂々と昼間に遊びに出歩けないよ」とのことでした。

 確かに彼にとっては近所に沢山顔見知りの大学生がいるわけですから、コロナ流行が騒がれるこの時期に男女で歩くのは気を遣うでしょう。


 姉はあっさり信じました。


 彼はマスク越しですが、想像していたよりイケメンだったようです。




 彼は「大通りを避けて歩こう」と言いました。

 裏道なら人とすれ違うことも少ないため感染リスクを下げられるだろう、と姉は思って了承しました。


 彼は姉を道路側にして歩かせました。

 最初の十分くらいは大通りのすぐ横道だったため、車のヘッドライトや道沿いの店舗の灯りが届いていました。


 しかし最初の分かれ道。

 草木が生い茂る歩道もないような登り坂と、線路脇から大通りに続く平坦な道がありました。


 彼は迷わず登り坂に向かったそうです。


 姉は思わず声を震わせて「ちょっと、そっちに行くの……?」と足を止めました。


 彼は姉を安心させるためか「だいじょぶ、だいじょぶ」と笑いました。


「俺は何度も来たことある道だからさ。ここ登ればバイパスの入り口に出る近道なんだよ」


 辺りは既に真っ暗です。


 一人で引き返すより、彼と共に歩いた方がいくらか恐怖も軽減するだろうと姉は自分に言い聞かせました。


 登り坂はさほど長くはなく、精々数分で登り切るような道だったようです。


 姉が渋々彼の隣に並んだ時、彼が唐突に怖い話を始めました。

 しかも、テレビの受け売りなどではなく、この近所に伝わる伝承や彼自身の体験談です。


 辺りは暗闇。

 生い茂る木々が道路を両側から圧迫しています。

 通行人も姉たちの他には誰もおらず、彼は頑なに姉を道路側に立たせています。


 姉は意識せぬまま呼吸が浅くなりました。


「やめようよ……」と彼に何度か申し出ても、彼は「え、怖がってんの?」とおちょくるばかりでやめません。


 彼の恐怖の体験談がいよいよ怖さを増した時。


 背後から来た車が姉の脇を通り過ぎました。こんな山道でヘッドライトもつけず、です。


 彼は「危なっ」と姉の肩を抱きました。

 車から庇ってくれたようですが、姉は「ひっ」と引き攣るように息を吸い込みました。


 彼が紳士的に「大丈夫?」と姉に尋ねて、姉は気丈な振りをしました。


 姉は本当はこの時すぐに逃げ出したかったそうですが、彼が庇ってくれたことにより感謝の念が生まれ、逃げ出すわけにはいかなかったようです。


 彼が黙りこくった姉を見かねてか「全然関係ない場所なら、そんな怖くもないだろ」と言い、田んぼ道で女性の幽霊を見た話を始めました。




 何と言うか、うちにはその人の神経が全く理解できません。


 まず何故リアルで姉と会いたかったのでしょうか。

 一緒に食事をしたり、ゲーセンで遊んだり、そういったことをしながら趣味のゲームのことを話し合いたかったわけではないのでしょうか。


 姉を怖がらせたいというより、自分の知識を披露したいといったようなニュアンスで、怖い話を歴史的な伝承を交えて話していたようです。


 知識の披露ならどこでだってできるでしょう。

 何故わざわざ山道でするのでしょうか。


 姉が怖がっている、というか明確に嫌がっていることに気付かないのでしょうか。

 怖い話を楽しんで気分良くなっているのは自分だけだと分からないのでしょうか。


 分かっていてやっているのだとしたら、今後も姉と友好な関係を築く気がないということだったのでしょうか。





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