第4章  現実 〜 真実

 真実




 瞬は大概、いきなり現れることが多かった。いつも予兆もなく現れ出て、ちょっとでも気に入らないことがあったり、都合の悪い現実に出会したりするとすぐに消えていなくなった。その日も既に、ファミレスから突然消え去って3ヶ月が過ぎていた。いつもなら、1、2週間で現れる筈が、まるでその姿を見せてくれない。ここ数年こんなことはなく、もう二度現れてくれないんじゃないかと思い始めていた頃だ。勤めていた病院からの帰り道、まだ肌寒い春の日だった。それでも陽は確実に伸びていて、午後6時になっても眩い夕陽が未来の背中を照らしていた。そして駅から10分も歩けば、14年暮らしているマンションに着いてしまう。その時も後100メートルくらいで、マンション入り口が見えてくるというところでだった。

 車の行き来は少ない道路だが、それでも道の両側にしっかり歩道が設けられている。いつものように未来は歩道右側を歩いていて、ふとその声に気が付いたのだ。ちょっと待ってよ――そんな声が聞こえた気がして、立ち止まって辺りに目を向けた。前方には自転車が1台見えるだけで、となれば後ろからだと迷わず顔を後ろに向ける。すると肩越しに人の姿が目に入り、その身体も一気に後ろを向いた。そこに瞬がいたのだ。驚いて振り返った未来の目に、夕陽に照らされた瞬の姿が確と映った。

 ――瞬!

 思わずそう叫びそうになって、未来は寸でのところで思い止まる。こんな時、叫ぶなんてのが一番いけない反応だ。だから不安そうに見える瞬に向け、未来は精一杯の笑顔を見せた。更に当たり障りのない台詞を思い浮かべて、いざ話し掛けようとした時だった。

 ガツン! 一瞬何が起きたのか分からない。右肩にもの凄い衝撃があり、そのまま半回転して地面に叩き付けられる。

「気を付けろよ! くそババア!!」

 すぐに若い男の声が響いて、未来は倒れ込んだまま前方を見やった。すると高校生の乗った自転車が、ちょうど瞬の身体と重なって見える。そしてあっという間に、自転車は瞬の後方で小さくなった。この時、未来はちゃんと歩道の端を歩いていたのだ。ところが瞬の出現に振り返り、歩道の真ん中を塞ぐ形になってしまった。それでも高校生はスピードを落とさず、そのまま通り抜けようとする。それどころか左腕に目一杯の力を入れて、邪魔なんだよ! まさにそんな苛立ち通りにぶち当たってきたのだった。

 ――ここは歩道だぞ! 気を付けるのはそっちじゃない!

 未来は一瞬だけそんなことを思うが、残念ながら今はそれどころじゃない。慌てて瞬の方を見上げると、地べたに這いつくばった彼女に、時が止まったように動かない瞬が目に入る。視点の定まらない目をして、魂が抜け落ちたような表情をしている。彼は理解していないのだ。未来が自転車にぶつかったという現実も、その結果どんな状態でいるのかさえ、見ようとしないのかただ見えないだけなのか……瞬の目に映るのは、彼が思うままの未来でしかなかった。

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