第4章  現実 〜 真実(2)

 真実(2)

 



 結局、未来の膝小僧はざっくり割れて、地面に付いた右肘から掌までが見事に赤く擦り剥けた。それでも手足の痛みは、時間経過と共にうずく程度になってくれた。ところが地面に打ち付けた横顔は、時間が経てば経つ程に腫れ上がってくる。心臓の鼓動の度に疼きが襲い、火鉢を押し付けられるような痛みをピリピリと感じた。

 そしてそんな状態の未来を前にして、彼は平然と言ってくるのだ。

「久しぶりに今度の休み、2人でどこかに出かけない?」

 脚を引きずりながら部屋に辿り着き、やっとソファに腰を下ろした途端だった。続いた言葉はもっと予想外で、未来はあまりの戸惑いに返す言葉も見つからない。

「遊園地なんてどう? 随分と行ってないじゃない?」

 ――どうしていきなり、遊園地なんてこと言い出すのよ!? 

「いいけど……」

 何とかそれだけ言って、頭の中では別の言葉が駆け巡った。

 勿論付き合い始めの頃には、遊園地にだって行ったことはあったのだ。しかし瞬は元々高所恐怖症で、未来も遊園地の乗り物はあまり得意じゃない。だから互いのそんなところを知ってから、遊園地には一度も足を踏み入れていなかった。更に言うなら、こうなってからの彼は自分から話すなんて稀で、たまに何か言ってきたとしても、目に映っている物事についてだけだった。過去にあったことを口にするなんて、これまでの彼にはまるでなかったことなのだ。ただ口にするとは言っても、本当に声が消えてくるわけじゃない。頭の中で、フッと言葉が浮かび上がってくる感じだ。とにかく、遊園地に行こうなんて言い出してくるのは、やはり彼の状態に変化が起きているからだろう。未来は心に強くそう感じながら、改めてさっき目にした瞬の姿を思い出した。

 これまでなら、一度しっかり現れてしまえば、そこに本当の人間がいるように見えたのだ。彼がいれば影になったところは見えないし、その姿を誰か他の人が見たなら、絶対に普通の人だと思うだろう。ところがさっき、夕陽が透けて見えたのだ。彼の上半身全体が薄ら金色に光って、おでこ辺りから沈みかける太陽がポッカリ浮かんで見えていた。

 ――透けてるよ! 瞬! 透けちゃってるよ! 

 そう心の中で叫びながら、それでも未来は瞬に向かって笑顔を見せる。

 結局、透けていたのはその時だけで、部屋に入ってからはそんな印象も消え失せた。ところがその後、遊園地なんてこと言い出したと思ったら、それからすぐに未来の前から消え去ってしまう。きっと、何か別のものが見え始めたのだ。瞬の興味はそんなものだけに向かっていって、それ以外は何も目に入らなくなる。やがて彼の影になっていた景色が見えるようになった頃、

 ――未来ゴメン、すぐに連絡するから。

 そんな声が微かに響き、瞬は扉の向こうに消えていった。

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