第4章  現実 〜 見知らぬ女(2)

 見知らぬ女(2)

 



 確かに、言われてみればどこかで会ったような気はするのだ。それでも〝瞬〟と呼び捨てにされる程、親しかったとは思えない。ただその顔立ちは可愛らしく、きっと若い頃だったら好みのタイプだと言えたかも、と、そんなことをちょっとだけ思ってやっと、彼は最も気になる疑問を女性に向かって投げ掛ける。

「あなたには、この俺が見えてるんですね?」

 この問い掛けに、女性の震えがピタッと止まった。表情は凍り付き、同時に悲しみの色も一気に消え去る。

「わかったの!?」

 いきなりの大声だった。

「気が付いたのね! そうなんでしょ!?」

 間髪入れずにそう続け、

「ちょっとそこにいて! 絶対に変なこと考えないで! いい! そこでじっとしてるのよ!」

 瞬の足元を指差しながらそう言った。そして後ろを向いたかと思うと、鞄をストンと地面に落とし、そのまま一気に走り出す。いったい何をしようというのか? そんな戸惑いの目を向けていたのは、きっと1分くらいのものだろう。マンション1階にあるコンビニに消えた女性は、すぐにまたその入り口から姿を見せた。それからあっという間に瞬の前へと戻ってきて、手にある袋から買ったばかりの事務用ハサミを取り出した。

「お願いだから、少しそこで見ててくれる?」

 そう言った後、大急ぎでパッケージを取り去って、手にしたハサミを耳元に寄せる。それから、なんと女性が自分の髪の毛を切り始めたのだ。唖然とする瞬の前で、彼女は髪に何度もハサミを入れた。しかしハサミが事務用であるせいか、長い髪は思うように切れてはくれない。まっすぐ切っていこうとしても、切れ目がどんどん横滑りしてしまうのだ。そして次第に、その顔にイラつきの表情が浮かび上がった。とうとう目にも涙が浮かび、それでも女性は止めようとしない。

 途中ふと、女性がパッと顔を上げ、瞬に向けて何かを言った。

 しかし瞬には意味さえ分からず、ただただ女性の行為を見守り続ける。そうして訳も分からない悪戦苦闘が続いた結果、見事なロングヘアーが大変貌を遂げるのだ。瞬はそこで初めて、その行為の意味を窺い知った。

 ――どうして……?

 しかしそう思える理由が、まったくもって理解できない。

 ――いったい……なぜ?

 分かってしまった事実以上に、分からなかったという現実さえが信じられない。

 ――どうして、分からなかった……?

 思わずそう思ってしまう程、瞬の目の前には知った顔があったのだ。

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