第3章  見知らぬ世界 〜 金田裕次(3)

 金田裕次(3)

 



 金田はこの時、ちょっと懲らしめたいくらいに考えていたのだ。占い師の一件から、急に態度が変わってしまった矢島は、金田との契約を更新しないとまで言い出していた。着任早々にそんなことになっては、本社でどのように思われるか分からない。だから矢島をそこそこの窮地に追い込み、金田の有り難みを再認識させようと考えた。結果、愛菜の悔しがり様は尋常じゃなく、味方になるという金田との距離は、金田の思いとは別に一気に近くなっていく。そうして大した時間もかからずに、2人の間は行き着くところに行き着いた。更にそうなってすぐ、金田はある計画を思い付くのだ。

「今、うちが使っている探偵社の下請けに、個人で探偵をやってるのがいるんだ。法律に触れるような調査とか、〝あっちの筋〟絡みとかは、だいたい下請けの方に回される。その中で、特にヤバそうな案件になると、そいつも自分の弟に丸投げしているんだ。この弟ってのも相当ヤバい男なんだが、なぜか付き合っている女だけは一級品でね。そのくせ金使いの荒い男に、いつもピーピー泣いてやがる……」

 万一その計画が失敗に終わっても、誰1人として傷付くことはない筈だった。香織にしても、受け取る額からすれば文句はないだろうし、最悪でも金田が屋敷から出て行けば済むことだ。くらいに思って、都内にある一流ホテルの一室で、彼は愛菜へ自信たっぷりに言ったのだった。

「どうだ? そいつをご主人に近付けてみたら? あの女の色香には、大抵の男は抗えないと思うよ……とにかく、匂い立つように色っぽい女でね……」

 と、愛菜の耳元に息を吹き掛け囁いた。

 1千万円――それが谷瀬香織への報酬額。矢島を上手くたらし込んでくれれば、それを盾に取って離婚訴訟を起こすことができる。勿論、そんなことで得られる慰謝料など微々たるもの。だから訴訟には持ち込まず、あらゆる手段で金を搾り取ろうという計画だ。

 盗聴に盗撮……その上で矢島がもし、愛菜に暴力でも振るってくれれば最高だし、それが谷瀬香織に対してであれば尚やり易い。とにかく肉体関係にさえなっていれば、その盗撮動画をネタにするなり色々な方法が考えてあった。そして最後の最後で、金田が上手く幕引き役を演じる。ところがそんなことを実行に移そうというずっと前に、一気に計画が狂い始める。香織が働き始めてふた月程で、いきなり金田に言ってきたのだ。

「やっぱり、あんな女の為になんてしたくない。どうせなら、自分自身の為にやってやるわ! 安心して、あなたたちの悪巧みのことは誰にも言わないから……」

「ちょっと待ってくれ、いきなりどうしてそんなことを言うんだ? 一千万だぞ、成功するしないに関わらずだ。いや、何なら成功報酬を更に上乗せしたっていい!」

「違うのよ、お金っていうよりね、わたしはあの男が可哀想になってきちゃったの。あんな情のない女にいいようにやられてさ、わたしなら、ちゃんと愛してあげられる……そんなふうに思ったの……」

 だから計画のことは諦めてくれと宣言し、谷瀬香織はそれ以降、金田と愛菜とは一切口を聞かなくなった。ところがそれから約ひと月、彼女は矢島をナイフひと突きで殺してしまう。備え付けてあった防犯カメラが、素っ裸で飛び出す香織をしっかり捉えていたのだった。

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