第2章 異次元の時 〜 葬式(4)
葬式(4)
もう、それだけで充分だった。
――俺に葬式なんか見せて、いったい何をさせようってんだ!?
そんな思念が涌き上がるのと同時に、お経を唱える低く掠れた声に気が付く。何回かのチーンという音色と、瞬のすぐ後ろから読経であろう声が響き渡った。どうせ後ろを振り返れば祭壇があって、そこには消え去った筈の遺影が飾られている。そんなものをわざわざ確認させて、いったい自分にどうして欲しいのか? ジリジリする怒りのような思念を感じて、瞬は矢も楯もたまらずその場から逃げ出してしまうのだ。隙間なく並び座る黒い人並みを無視して、部屋のど真ん中をまっすぐに走った。彼の下半身が何人もの喪服の中を突き抜け、あっという間に玄関までを走り抜ける。
そこから先は、来たままを戻ればいい筈だった。あまりに狭い玄関から薄暗い廊下を抜けて、扉を開けると錆び付いた階段がある。そんな真新しい記憶が、台所を走り抜けたところでいきなりその価値を失ってしまった。そこに、溢れんばかりの靴が脱ぎ置かれていた。そんな認知とほぼ同時、彼の前に現れ出たもの……それは部屋で起きたこと以上に強烈なる意味を持つ。
――ここは、いったい……?
さっきまでは廊下を挟んで、扉の反対側は壁だった。外階段から扉を開ければ、右手に薄汚れた壁がすぐに見えたのだ。ところがそんな壁が消え去って、代わりに胸の高さくらいまで鉄の板が張り巡らされている。そしてそこから上には何もなかった。扉の向こうは完全に外で、見たこともない風景が目に飛び込んでくる。遠くに霞む山々の頂きが見えて、そこから続く景色は、たった2階建てのアパートで拝めるものでは決してない。
――俺は、まったく別のところに来てしまったのか……?
だから外階段なんて見つからず、どうにか見つけた非常階段で慌てて建物から飛び出した。振り返ると、アパートどころじゃない大きな集合住宅がそびえ立っている。そして電信柱どころか、どこを見渡しても見知った景色が見つからないのだ。
彼は今、舗装された道路に立っていた。敷き詰められていた砂利は消え失せ、その道幅も段違いに広くなっている。中央には車線が引かれ、両側には真っ白いガードレールが歩道と車道を区切っていた。
――俺は、気が狂ってしまったのか!?
或いはずっとそうだったのか? 本当の自分は今精神病院にいる。きっとそこで薬でも飲まされ、勝手な妄想を膨らませていただけか? 瞬は立っていることも辛くなり、その場に思わず座り込んだ。そして混乱する彼の耳に、車のブレーキ音が響き聞こえる。
瞬が後ろを振り返ると、大きな車がすぐ後ろに停まって……、ドアの開く音、そして甲高いヒールの音が後に続いた。
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