第2章 異次元の時 〜 葬式(3)
葬式(3)
――どうして?
顔をしかめる瞬の瞳に、ゆうちゃんの笑顔が確と映った。
谷瀬香織の写真の横に、ゆうちゃんの顔写真が並んでいたのだ。母親と同様黒い額に収まって、その横で安心し切ったように笑顔を見せている。さっきまでこの世を彷徨っていた彼女が、今やっと本来の場所に戻ることができた。そうなってこの瞬間、目の前に現れ出たんじゃなかろうか? 瞬はそんな想像をして初めて、ここまで来たことをほんの少しだけ後悔する。
――葬式の……写真だ……。
祭壇に飾られる遺影に違いない。そんなことに意識及んだせいか、どこからかお経を読む声までが聞こえてくるのだ。どこかこの近所で、やはり葬式でもやっているんだろう。瞬はただそう思って、見上げていた顔を再び2つの写真に向ける。すると同時に、遺影写真がグニャリと歪んだ。溶け出した飴細工のように、見る見る額縁ごとその形を失っていくのだ。ドロドロと流れ出したそれは空間に吸い込まれ、あっという間に小さくなってフッと消える。ところが瞬にとって、それは単なる始まりに過ぎなかった。息つく暇もなく、更なる驚きの現象が目に飛び込んでくる。
遺影写真から始まった歪みは、その範囲をあっという間に広げていたのだ。吸い込まれた遺影に感染してしまったように、周りの風景が例外なく壊れていった。気が付けば歪んだ空間全体が渦を巻いて、次々と同じところに吸い込まれ消えていく。そしてとうとう、渦を巻いた天井が歪み流れ出した時、そこからまったく別の光景が現れ始めるのだった。覆い隠していた布切れが取り払われていくように、それは次から次へと姿を現していく。そんなものがこの部屋を覆い尽くした時、いったい何が起きるのか? このままここに居続ければ、きっと自分も吸い込まれてしまう!? そんな恐怖を感じて、瞬は思わず身体を反転させた。そして一気に玄関まで走る。そう思っていた筈が、一瞬にして腰から下が凍り付く。
まるで、別の世界だった。汚れ切った壁や陽に焼けた畳が消え失せ、真っ白な壁と磨かれたフローリングの床に変わってしまっている。部屋の大きさは大凡似たような感じだったが、その作りはまるでさっきと違っていた。
――俺が見ていたのは、いったいなんだったんだ!?
部屋のあちこちに洋服ダンスや鏡台なんかがあって、さっきまでの悲惨な印象など微塵もない。あの強烈なる臭気も、微かに線香の香りだけ残して完全に消え去っていた。そして何より瞬を混乱させたのは、いつの間にかそこに人がいたことだった。
――いつからだ、いったい……いつから?
「もう、やめてくれ……」
誰に言うではなく、自然とそんな声が出る。
何もなかった2間続き部屋に、色とりどりの座布団が敷かれていた。ジメジメして薄暗かった部屋一杯に、今は眩しいくらい陽の光が差し込んでいる。そして何ということか、敷かれている座布団の大半に、喪服を着込んだ老若男女が陣取っていたのだ。
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