第2章  異次元の時 〜 遊園地

 遊園地




「ちょっと! そんなに怒鳴らないでくださいよ!」

 いきなり聞こえたその声は、明らかに未来へと向けられていた。

 そこは遊園地のジェットコースター乗り場で、声を出したのはきっと乗り場の係員だ。

「分かりましたよ、もう結構ですから……」

 どうやら未来の勝ちらしい。仁王立ちだった係員の男が、そう言ってからすぐに俺たちから離れていった。

「何かあったの?」

 俺はいかにも今気付いたって感じで、そう軽く声を掛けてみる。すると今にも消え入りそうな声で、未来はポツリと言って返した。

「なんでもないの、ごめんなさい。本当に大したことじゃなくて……」

 そんな言葉に、俺も敢えてそれ以上は問い質さない。とにかく、本当に久しぶりのデートなんだ。多少のことなら我慢しようと、俺は強く心に誓っていた。

 俺たちは一時間くらい前に遊園地に着いて、先ずジェットコースターの列に並んだ。そこでちょっとしたハプニングはあったけど、その後はそれなりに楽しい時間を過ごすことはできた。そして昼もずいぶん過ぎた頃、園内のレストランで昼食を取ろうということになる。そこは想像していたより小綺麗で、平日のせいかお客さんも疎らだった。中はかなり広く、4人掛けの丸テーブルが所狭しと置かれている。俺は選び放題のテーブルの1つに、あえて未来と差し向かいに座った。メニューを手に取りそのまま未来に手渡す。彼女が料理を選び始めて、俺は何もすることがなく何気に辺りを見回した。すると2つテーブルを挟んだところに、男の子を連れた若い夫婦が目に入る。見たところ、幼稚園に通い始めたくらいだろうか? 日の丸が刺さっているプレートに顔を近付け、その子は口を真っ赤にしながらケチャップライスを頬張っている。両側に座る若い両親が心配そうに目を向けていて、母親は何度も手を出し掛けては途中で止めた。

 きっともう10年も経てば、俺たちにもこんなシーンが訪れているかも知れない。俺はこの時、心からそんなことを思っていた。それなのに、またまた不穏な空気が漂い始める。

「結構イケルね! 思ったよりぜんぜん旨いよ!」

 運ばれてきた料理をちょこっと口に放り込んで、俺は早速未来にそう言ったんだ。なのに俺のそんな言葉にも、微かに顔を向けて見せるだけ。うんともすんとも言わずに、それからはただ2人して、ナイフとフォークを動かすだけの昼食だ。料理が運ばれてくる前だって、未来は俺なんかに興味ナシって感じだった。つまらなそうな顔を崩さず、あらぬ方を見つめたままジッとしている。ホントのところ、

 ――そこにさ、何かあるのかよ?

 なんて聞いちゃおうかと思ったよ。でもまあ、俺はやっぱり何も言わなかったし、料理が運ばれてからもただ黙々と食べ続けた。そして皿の上が付け合わせの人参とブロッコリーひと欠片になった時、未来が突然、俺じゃない誰かに向かって何かを言った。いきなりの声に、俺が驚いて視線を前に向けると、未来のすぐ傍にウエイターが1人立っている。見ればそのウエイターが、俺の食べかけの皿を手にしているんだ。いつの間に? なぜかまるで気付かなかった。ただそんな事実を知ったことで、俺はやっと未来が言いたかったことを理解する。ジェットコースターの時と比べれば、それはずいぶん抑え気味の声だった。きっと未来は、「ちょっと待って!」と言ったんだ。そしてそのすぐ後に、「まだ食べてるでしょ?」と続けたか? 「まだ残ってるじゃない!」だったのかもしれない。

 正直俺としても、こんなに空いているのに? という思いがないわけではなかった。何も食べかけの皿まで持っていかなくたって……などと心底思う。だからと言って、

 ――声を荒げて、言う程のことかな?

 なんて感じて、だからそこでついつい声にしてしまった。

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