第2章  異次元の時 〜 悪魔(3)

 悪魔(3)

 



 本当に、こんな近くにしゃしゃり出るつもりなど毛頭なかった。部屋の隅でじっと息を凝らして、事の成り行きを見届ける。いつもだいたいそうしていれば、どうしてこうなったのかを知ることができた。ところが気付けば写真があって、瞬は思わず立ち上がってしまった。一目見て、そこに写っているものが分かったのだ。ヒラヒラと舞う写真の中で、紛れもなく見覚えのある顔が揺れている。 

 ――どうして……ゆうちゃん……?

 あの少女が上半身アップで笑っていた。肩口から真っ赤なランドセルを覗かせて、あの時と同じ可愛らしい目をした少女がそこにいた。そしてすぐ、ゆうちゃんの言っていた〝おじさん〟のことが思い浮かぶ。

 ――この女性が、あの子の母親なら……?

 〝おじさん〟とは、この大男のことじゃないのか? ふとそんなことを思い付くが、それならば彼はまだ、ちゃんと生きていなければならなくなる。

 あの夜、地縛霊となって現れた少女の指差す先で、アパートの部屋の明かりは間違いなく点いていた。だから普通に考えれば、男はあの時はまだ生きていたことになる。

 ――あの子をあんなふうにした奴は、間違いなく他にいる。

 そんな確信と共に、ゆうちゃんの変わり果てた姿までが思い出された。焦げ付くような怒りが込み上げ、瞬は思わず母親であろう女を睨み付ける。

 ――こんなところで、あんたはいったい何やってるんだ!

 もう少しで、彼はそう叫んでしまいそうだった。ところがそうなる前に、男が瞬の顔を見上げて、口をパクパクさせたのだ。

 ――おまえは、おまえは何だ……?

 きっとそれまでも、独り言のように呟いてはいたのだろう。

 ――おまえは、おまえはどうしてそこにいる……?

 そうしてようやく、そんな言葉が声となった。

 

「おまえは何だ! いったいどうして! おまえはそんなところにいるんだ!?」

 これまで瞬は、こんなふうに怒鳴られたことなど一度もない。

「そこで何をしている! おまえは悪魔か!? 俺に取り憑いているのはおまえなのか!?」

 ――悪魔ってのはな、ゆうちゃんを……あんな姿にした奴のことを言うんだよ。

 そんな思念と同時に、ゆうちゃんが最後に見せた笑顔が思い浮かんだ。片側半分の惨たらしさをものともせずに、それは本当に可愛らしく瞬には見えた。床にある写真に目をやり、彼は今一度そんなことを実感する。

 いつの間にか、床にゆうちゃんの写真が落ちていた。何の疑問も抱かずに、瞬が床にある写真に目をやっている。そしてふと、写真に赤い汚れがあるのに気が付いた。それは丸く小さい、どこからか飛び散った飛沫のようにも見えるのだった。

 ――これは、何?

 そう思った瞬間、目の前に広がる異質な光景が目に飛び込んでくる。

 写真が、明らかに浮いていた。真っ赤な液体に乗っかって、写真だけがクッキリと浮かび上がって見えるのだ。

 ――これって……何?

 再び自問する瞬の目に、新たなる光景が見え広がった。

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