第2章  異次元の時 〜 悪魔

 悪魔


 

 そこは、屋敷にある唯一の地下室だった。

 シャルターにもなるその空間は、何十年に亘って快適に暮らせるように、様々な設備が整えられている。最新式のバイオトイレやシャワー室は、太陽さえ照れば雨水を完全浄化してくれ、汚物も自動的に有効活用してくれるのだ。もちろん、何百というDVDコレクションや贅を極めたAV機器など、飽きない為の工夫も万全だった。

 そんな五十坪程の部屋の中央に、革張りのソファと、ベースが大理石というベンチ型のテーブルが置かれている。その大き過ぎるソファに、深々と腰掛ける矢島英二と、その尻を抱えられて喘ぐ谷瀬香織の姿があった。さっきまで、車椅子からソファに移るだけでゼイゼイ言っていた矢島が、今はもう本能の赴くままに女の肉体を貪っている。シャツワンピースの前ボタンがすべて外され、香織の大き過ぎる乳房から太ももの付け根までが矢島のすぐ目の前にあった。

 夕食後、香織はすぐに動いたのだ。愛菜がどこかへ出かけたと聞いて、今しかない――と、いよいよ覚悟を決めていた。矢島を地下室へ誘い出し、香織はまんまと2度目となるこの時を迎える。そして敏感に反応し始める肉体とは裏腹に、香織の心はどんどん冷静になり冴え渡っていくようだった。

 香織が働き始めた当初は、玄関から送迎車に乗り込むまでの付き添い介助は、最古参である使用人の仕事だった。愛菜はまずその使用人と親しくなって、様々な情報を仕入れていく。そして鞄を持ち、雨が降っていれば傘を差し掛ける程度の仕事だったが、香織は付き添い介助の仕事を変わって欲しいと願い出るのだ。元々、古参の使用人も好き好んでしていたわけではないから、申し出を不審がりながらも断りはしなかった。そうして……、

「本日から、わたしがお世話させて頂きますので、宜しくお願いします」

 玄関でいきなり歩み寄り、顔を覗き込むようにして声を掛ける香織に、矢島は一瞬だけ驚いた素振りを見せる。しかしすぐに真顔に戻り、いつものように膝にあった鞄を香織に手渡したのだ。そして香織はその日から、不自然さを思わせるギリギリのところまで、日々矢島との接触を心掛ける。すると矢島もすぐに、軽い冗談を口にするくらいにはなったのだ。ところがひと月以上経過しても、肝心のその先に進むことができない。胸の谷間を見せて息でも吹き掛ければ、すぐに手を差し入れるだろうくらいに思っていたのに……矢島は微塵もそんな素振りを見せてはこない。

 そのような状況が大きく変化したのは、それから更にひと月くらいが経った頃、やはり愛菜が出かけている時だった。それまでとはまるで違って、香織の誘いにいきなりの反応を見せる。それはかなり投げやりな感じだったが、それでも矢島は香織の中でしっかりと果てた。ところがその後、普通なら馴れ馴れしくなっていい筈が、彼にはそんなところが全然ない。香織から更に誘いを仕掛けても、一向に乗ってこようとはしなかった。加えて、あの夕食どきのひと騒動……。愛菜はいよいよ覚悟を決めて、夕食後すぐに矢島に声を掛けたのだった。

「奥様、さっきお1人でお出かけになられたようですよ。こんな時間に、いったいどちらに向かわれたんでしょう?」

 もしその行き先が知りたいのならと、愛菜は地下室に来るよう囁いたのだ。そして車椅子に乗って現れた矢島へ、自分の役割ついては一切口を閉ざし、それ以外の事実すべてを話して聞かせた。

「それは、本当のことなのか?」

 香織が大凡を話し終わって、矢島はぽつり一言そう聞いた。

「でも、それならそれでいいじゃありませんか? ねえ、そう思いません?」

 香織はここぞとばかりに鼻にかかった声を出し、睨み付けてくる矢島をまっすぐ見据えた。更に視線をそのままに、投げ出された矢島の脚を己の両脚で挟み込む。香織は矢島の真ん前で仁王立ちを見せて、シャツ襟ワンピースの前ボタンを1つ1つ外していった。腰を屈めて、膝辺りまでのボタンをあっという間に外し終わる。そうして香織が顔を上げると、ワンピースが左右に割れて、豊満過ぎる乳房がプルプルと小刻みに揺れた。

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