第19話 忍び寄る魔の手

 俺たちはカリミヤ森林を出発した後、北上していた。


「本当にアークガルドはこの先でいいのか?」


 俺はパルタに聞いた。


「アークガルドには向かってないわよ」


「え?……俺たちはどこに向かって歩いているんだ?」


「アークガルドに行く前にイザベルの村に寄り道して行くわ」


 俺は女の傭兵のイザベルの顔を思い浮かべた。今は会心して孤児院で孤児の世話をしている。


「なぜ? イザベルの村に行くんだ?」


「イザベルに会って渡したい物があるからよ」


 パルタはそう言ってにっこり笑った。俺はパルタがイザベルに何を渡したいのか検討もつかなかった。まあパルタが言うのだからイザベルにとって有益な物だろうと思った。

 

 かなり長い時間歩いたが、まだ村にはつきそうもなかった。ボーン牢獄を出て川に転落した時にかなりの距離流されてしまったようだ。あたりが暗くなるのを感じて俺はここで野宿をする覚悟をした。


 俺たちは少し開けた川ぞいに簡易のテントを設置して野宿をすることにした。俺とウォルトの二人で見張りを交代することにした。俺が見張りをしていると誰かがテントから出てきた。


「どうした?眠れないのか?」


 俺が声をかけるとロマネスはゆっくりとこちらに近づいてきた。ロマネスは目が冴えてしまった、と言った。


「ジーク。少し話し相手になってくれないか?」


 俺はいいよ、と言ってロマネスが近くに座れるように場所を作った。ロマネスは俺が用意した場所に腰掛けると身の上話を始めた。


「私の家は代々騎士の家系でな。私の上に三人の兄がいて私は末っ子だった。女の子ということもあり随分と甘やかされて育ってきてしまった」


「騎士になることは反対されなかったのか?」


「もちろん反対されたよ。でも、騎士は私の小さい頃からの夢だったんだ。」


 俺がなぜ騎士になることが夢なのか聞くとロマネスは恥ずかしそうに話してくれた。


「このアークガルドに古くから伝わる聖女ミルファという伝説の女戦士の話があるんだ」


「聖女ミルファ?」


「昔アークガルドに魔物の大群が押し寄せてきた時に、たった一人で立ち向かったとされる勇敢な女戦士の話でな、私は昔からこの話が好きで聖女ミルファになりたいとずっと思っていたんだ」


 ロマネスはそこまで話した後一層顔を赤らめた。


「じつは、恥ずかしいことに、私が身に付けているこの銀の鎧に金色の剣の装飾も聖女ミルファを意識してるんだ」


 ロマネスはおかしいだろ?と言ったが、俺はそんなことはないと答えたら、ロマネスは嬉しそうに微笑んだ。


「聖女ミルファに私が憧れるシーンがあってね」


  ロマネスはそう言うとキラキラした目で話した。


「戦いに勝利した聖女ミルファに向かって最後にアークガルドの兵士たちが、ひざまずくんだ。跪くという行為はこの前話したとおりアークガルドの礼儀で騎士としてあなたを認めるという一番の賛辞なんだ」


 そこまで話したところで、ロマネスは突然悲しい顔になりうつむいた。でも…、と言うと再び話し始めた。


「私は自分に身の危険が及ぶと肝心な時に逃げ出してしまうんだ。クリル姫が襲われた時も、私は姫を置いて逃げ出してしまった。先日の強人族を襲った怪物も私はジークと一緒に行けなかった。付いていくの……一言が言い出せなかった…………」


 ロマネスはうつむいたまま肩を震わせて泣いていた。俺は元気付けようと言葉をかけた。


「逃げることも重要な場面だってある。悔やむことはないさ」


「優しいなジーク。でも、聖女ミルファは決して敵に背を向けることはないんだ! 私も騎士の端くれとして立ち向かう心は持っておきたいんだ」


 俺がロマネスに返す言葉を考えているとロマネスが言った。


「君には分からないだろうな。君のような力があれば……、ダメだな私は。いつも言い訳を探してしまう。力も心も弱いんだ私は……、心も強いジークが羨ましい」


 俺は少し考えたがロマネスを元気付ける言葉が見つからないと思い、自分の思いを話すことにした。


「どう言えば伝わるのか分からない。けど、俺は今まで自分のためだけに力を使ったことはないんだ。自分以外の者のために、と考えるといつも信じられないほどの大きな力が使えるようになるんだ」


 俺はロマネスを元気付けたかったが、何を言っているのか自分でも分からなかった。


「私もいつか他人のためにこの弱い心を奮い立たせることができるかな」


「ロマネスは騎士として誰よりも気高い誇りを持っていると思うよ。君なら絶対できると俺は信じている」


「ありがとうジーク。貴方に言われると本当にできる気がするよ」


 ロマネスは明るい笑顔になってテントに戻ろうと立った。俺はこれを持っていてくれと言ってメデューサ討伐の時に使ったレーザー銃をロマネスに渡した。ロマネスは良いのか?、と言って嬉しそうに受け取ると腰にぶら下げた。


「あまり燃料が入ってないから使用できたとしても1〜2回が限度だと思うよ」


 ロマネスはありがとう、と言うとテントに戻っていった。


 俺は夜空を見上げた。大小さまざまな星たちが光っていてとても綺麗だった。




 俺たちはイザベルの村についた。イザベルに会いに孤児院へ行くと中からイザベルが出てきて俺たちに気づいた。


「なんだいあんた達? ソフィーだっけ? お嬢さんは見つかったのかい?」


「まだ見つかってないわ。それよりも今日はあなたにお土産を用意してきたわ」


 パルタはそういうとカリミヤ森林にいたメデューサを二匹出してきた。


「おい! それをどうするつもりだ?」


 俺は二匹の生物兵器を見てパルタに詰め寄った。パルタは何食わぬ顔で、この村の守り神にするのよ、と答えた。


「おい! 冗談だろ。こんな化け物を?」


「この生物は全てをコントロールできるのよ。すでにこの村の近くにきた魔物以外襲わないよう設定してあるし、イザベラの命令に絶対服従するようにしてあるわ」


「イザベルの命令に従うのか?」


「そうよ。絶対に服従する。そのように設定しているわ」


 パルタはジークにそう言った後(そしてジーク、その技術はあなたにも使用されているのよ)と心の中で思った。


 俺が二匹のメデューサを見ると、二匹とも子供が親に甘えるようにイザベルの足元に擦り寄っている。カリミヤ森林の洞窟の中にいた奴と同じ生物とは思えなかった。


 俺たちがイザベルと話し込んでいると孤児達が集まってきて二匹のメデューサはすぐに子供達の人気者になっていた。この生物兵器がいれば本当にこの村は安泰になるだろう、こいつらの戦闘能力は戦った自分が一番わかっている。並の生物では勝つことはできないだろう。


 俺がそう思っていると二匹のメデューサがいきなり走り出した。


「おい! どうした? どこに行くんだ?」


「もしかすると魔物が近くにいるのかも知れないわ。急いで後をつけましょう」


 そう言うと俺たちはメデューサの後を追った。


 二匹のメデューサは少し開けた小高い丘の上に来るとピタリと止まって何かを威嚇していた。


「どうした? 何もないぞ?」


「この先に魔物がいるらしいわね。メデューサ二匹は行動範囲を設定してあるので、これ以上遠くへはいかないわ」


 俺は見晴らしの良い丘の上で魔物を探したが、それらしい者は影も形も無かった。俺は何か変な違和感を感じていた。パルタも何か異変に気づいた。


「変ね、何も居なさすぎるわ」


 パルタはしばらく丘の向こうを見ていると、まさか?、と言って上空にストレイシープを呼んで地表を調べ始めた。ストレイシープの姿は迷彩加工してあるので、俺たち二人以外には見えない。


「これは?」


「どうした? 何か見つかったのか?」


 俺がパルタに言うと、これを見て、と言って地表を指さした。ストレイシープから放たれた赤外線レーダーが地表に当たり映し出されたものを見てその場にいた全員が驚いた。


 グルタニアの魔物の大群が列をなして行進していた。その魔物達は皆、武器と防具で完全武装されていた。


「そ……そんな…これほどの大群がここまで侵攻していたなんて」


 ロマネスはその光景を見て大変ショックを受けていた。


「なぜ? これほどの大群が見えないんだ?」


 ウォルトも初めて見る異様な光景に驚きを隠せないでいる。


「最新鋭の光学迷彩を広範囲に展開しているわ。私のストレイシープ以外では、ほぼ確認不可能な技術よ!」


「また惑星外の技術を悪用しているのか!!」


 俺は怒りが込み上げてきた。この惑星を我が物とすべく暗躍している奴を絶対に許さないと思った。


「ここは? アークガルドに近いのか?」


 パルタは冷静にロマネスに聞いた。


「目と鼻の先よ。おそらくこの先の平原で隊列を作った後に、一気に攻め入る作戦だろう。私ならそうする」


「わかったわ。すぐにクリル姫とロマネスはこのことをアークガルド帝国に伝えて、迎え撃つ準備を整えてちょうだい。私とジークとミリア姫とウォルトはスレイン大国に行って一刻も早く戦争をやめさせないと、このままだとアークガルドは確実に滅びるわ」

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