第18話 カリミヤ森林の魔物③

 カリミヤ森林の奥深くに入ったところにその洞窟はあった。


 今は大きな石が洞窟の入り口を塞いでいるので誰も中に入ることも洞窟から出てくることもできない。俺は手にレーザーガンを持って洞窟の入り口に立った。


 洞窟の中には俺とパルタと洞窟内の案内役として先ほど神殿も案内してくれた強人族のシュウという名前の戦士の三人で入ることになった。

 

 俺が出発の準備をしていると後ろからロマネスが声をかけてきた。


「ジーク。どうして見ず知らずの人のために貴方は命をかけるんだ?」


 俺は後ろを振り向いてロマネスを見た。ロマネスは不安そうな顔で俺を見ていた。俺はロマネスに優しく話した。


「それは……俺にも解らないんだ、怖く無いのか?、と聞かれると、もちろんすごく怖いよ。……でもそれより怖いのは助けを求めている人に何もしないまま見捨てることだと思うんだ。助けを求める人が手を差し出して、誰もその手を掴まなかったとしても、最後には俺がその手をしっかり掴んでやりたい、そのために俺は生まれたんだ」


 ジーク!そういうとロマネスが俺に抱きついてきた。俺の胸に顔をつけて必ず無事で帰ってきてねと言って泣いた。俺は泣いているロマネスの頭を優しく両手で包むと大丈夫だと言った。


 俺がそう言うと不意に後ろから誰かに抱きつかれた。見ると二人の姫がいた。二人も泣きじゃくりながら心配そうな顔で俺を見ていた。俺は二人にも必ず帰る、と約束すると二人の頭を優しく撫でた。


 強人族の男達が洞窟を塞いでいる大岩を退けた。勢いよく風が洞窟の中に入っていった。まるで人を飲み込む怪物の口のようだなと思った。俺たちは注意しながら洞窟の中に入って行った。洞窟の中はジメジメとしていて壁がぬらぬらと濡れていた。


 暫く進むと人影が見えたような気がした。俺は目を凝らして人影のような物を見ていると、周が驚いたようにケンと言って近づこうとした。するといきなりパルタが待って! あれはだれ?、と叫んだ。


 周はパルタの叫び声に驚いて立ち止まり


「あれは俺の弟の憲だ」


「弟さん? 弟は怪物に殺されたと言ったわね」


「ああ。でも生きていた」


 周は再び立っている人に近づこうとした時パルタは周の行手を阻んで言った。


「近づいてはダメよ。あの人はもう死んでいるわ」


「何を言っている、目の前で立っているじゃないか? あれは間違いなく俺の弟だ。見間違えるはずがない!」


 周がパルタを退けようと手を伸ばした。パルタは憲を指差して後ろをよく見て、と言った。


 俺は憲の後ろから紐のようなものが伸びているが見えた。その紐は薄暗くなった洞窟の奥まで続いているように見えた。


「あれはメデューサの触手よ。あの触手で捕獲した獲物を操ることができるの」


「助けることはできるのか?」


 俺はパルタに聞いたがパルタは首を横に振ってもう遅いわと答えた。


 周はパルタの説明を聞いても信じられない様子で、憲に近付こうとした時にかすかに憲から声が聞こえてきた。


「し………周……こ…こっちに…くるな……」


 憲が弱々しい声でそれだけ言うとたちまちシワシワのミイラになって倒れた。倒れた憲の後ろに大きな目がこちらを見ていた。メデューサだった。


 俺は咄嗟にレーザーガンを構えて引き金を引いた。レーザーはメデューサの側面を掠めて触手を何本か吹き飛ばした。メデューサは干からびた強人族の男の死体だけを置いて逃げて行った。


 周は干からびた弟の死体に近寄り抱きしめて憲と叫んで泣いた。俺は憲を助けられなかった自分を不甲斐ないと思った。俺は必ずメデューサを倒すと周に誓った。

 

 俺たちはさらに洞窟の奥に進んだ。まるで魔物の胃袋の中のように暑くて息苦しさが増していった。ふと目の前の横穴を何かが通り過ぎるのが見えた。俺は急いで追いかけたが何もいなかった。壁を確認するとヌルヌルしたものが付着していた。壁のヌルヌルは穴の奥へと続いていた。


「ついてこいと言ってるみたいね」


 パルタが穴の奥を灯りで照らしながら言った。



 俺たちはヌルヌルした壁をそのまま真っ直ぐに進むと大きな開けた空間の広がる場所についた。周りには無数の穴が空いていた。俺たちは丸く円陣を組んで周りの穴からメデューサが飛び出してくるのではないかと思い警戒していた。


 案の定一つの穴からメデューサの触手が伸びてきた。俺はすかさず避けたが、周が避けきれず足を触手に絡みとられてしまった。


「周! 逃げろ!」


 俺は周の足に絡まった触手を掴むと手で引きちぎった。次の瞬間無数の穴から同時に触手が伸びてきて、その中の一本が俺の背中に突き刺さった。


「ジーク!!」


 周はそう叫ぶと俺を助けようと背中に刺さった触手に攻撃を仕掛けたが、無数の触手によって攻撃を弾き返されてしまった。周はそれでも果敢に攻撃をしたが、無数の触手が周の行くてを阻んで思うように攻撃できなかった。やがて俺の背中に刺さった触手より何かが体の中に入ってくるのが分かった。おそらく毒を体内に注入して体の自由を奪っているのだろう。


「ジーク!」


 周は俺を助けるために何度も攻撃を繰り返そうとしたが、パルタに阻まれて怒鳴った。


「何をする!! パルタ! ジークを助けたくはないのか?」


「大丈夫よ。ジークに毒は聞かないわ」


「何? 本当か?」


「エイシェントにはこの宇宙中の毒を無効にする器官があるの。それがエイシェントが宇宙で最強の戦士と言われる由縁よ」




 俺は無数の触手に捕らえられ宙吊りの体制になってしまった。すると宙吊りの俺の下の地面からメデューサの本体が出てきた。


 メデューサは動けない俺を食べようと大きく口を開いていたので、俺は触手を力で振り払い胴体中央の目玉に目掛けてレーザー光線を照射した。


 メデューサはまさか俺が動かないだろうと思っていたらしく、いきなり攻撃を受けてギャーという悲鳴をあげて逃げようとしたので、俺はメデューサの触手を掴んで引っ張り上げ、向かって飛んでくるメデューサを手刀で真っ二つにした。胴体を切られてもまだ動いていたので、周がとどめを刺して倒した。


「これで終わったな」


 俺がそう言うとパルタはいいえまだよと言った。俺はパルタの視線の先を見た。丸い塊が動いているのが見えた。近づいてよく見るとメデューサの子供だった。


 俺が真っ二つにした際に出てきた物だろう。俺がどうしようか悩んでいるとパルタがストレイシープに持っていくわ、と答えた。


 ロマネスはジークが帰ってくるのを心待ちにしていた。あの時なぜ自分もジークに着いて行くと言えなかったのだろうか? ロマネスは心底後悔していた。


 やがて洞窟の近くが騒がしくなった。ロマネスはジークが帰ってきたと思い洞窟に向かって走り出した。


 俺は洞窟を出た途端に、ロマネスとクリル姫とミリア姫の三人に抱きつかれてバランスを崩しそうになった。


「ジーク!! 無事だったのね!!」


 三人は泣きながら俺の無事を喜んでくれた。俺は強人族の長老にメデューサを倒したことを報告した。長老は俺に何度も頭を下げて感謝した。


「なんと御礼をいって良いか!!」


「礼には及ばんさ!」


 俺がそう言うと強人族の族長は俺に向かって片膝を地面についてひざまずいた。それを見た他の強人族の戦士たちも次々と片膝を地面につけて跪いた。ロマネスはその光景を見て興奮して言った。


「う…うそ…信じられないわ」


 俺はロマネスにどうした?、と聞くとロマネスは凄いと言って固まってしまった。見かねたウォルトが俺に説明した。


「ジーク、この辺りの風習で戦士が相手に片膝を地面につけて跪く行為は、相手を一番の戦士として認めるという最高の賛辞なんだ」


 俺は嬉しかった。でも俺以上に嬉しそうにしていたのは、ロマネスだった。ロマネスは興奮して俺に話した。


「すごい! すごい! 強人族の戦士が跪くなんて聞いたことがないわ!!」


「そ……そうか」


 俺が困惑していると族長が立って俺の手を掴んで言った。


「ジーク様、この御恩は一生忘れません。ジークという名前は我々強人族の英雄の名前として永遠に刻まれることでしょう」


「そ……そうか? あ…ありがとう」


 俺は恥ずかしくなって早々に村を後にした。




 

 グロリアは怒りに震えていた。強人族が全滅しているはずだったのにいまだに多くの強人族がいつも通りの生活をしていた。


 自分たちが放ったメデューサの生体信号が消えたのでもしやと思いカリミヤ森林まで来てみたが、どうやら強人族によって全滅させられたのはメデューサの方だった。グロリアは信じられなかった。レーザー銃も持っていない原始的な種族に殺されたのが納得いかなかった。


 こうなったらグロリア達で強人族を根絶やしにしようかとも考えたが、どうやって奴らがメデューサを殺したのか分からなかった。何かとんでもない兵器を隠し持っている可能性も否定できない。グロリアはどうしたものか考えていたが、すぐにどうでもいいことに気がついた。


 まあいい、どうせアークガルド帝国は数日中にグルタニアによって滅ぼされることになっているのだから、その後スレイア大国を滅ぼした後に、ここの強人族をゆっくり根絶やしにすればよい。


 そうだアークガルド帝国が滅ぶのは時間の問題だ。もうすでに手遅れなのだからグロリアは不敵な笑みを浮かべて、グルタニアに帰って行った。

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