第12話 インバルト星①

 エレオノーラは困り果てていた。


 先ほどから妹のソフィーが自身の膝の上で泣き崩れていて何を言ってもうつむいたまま顔を上げようとしない。困り果てたエレオノーラは目の前に広がる花々に目をやっていた。


 インバルト星の宮殿は大きな人工島を強化ガラスで覆いカーボンマイクロチューブ製の軌道エレベーターにより惑星の大気圏近くの高高度にあり、雲の上に浮かぶ人工島になっていた。


 ゆえに人々からは天空宮と呼ばれている。


 太陽光を遮る雲が無いため日中は光がさんさんと降り注ぎインバルト星にある様々な草花が1年中咲き誇っている。


 天空宮には王族以外の人間は入れないため王族関係者以外に見られることはないものの、第二王女がいつまでも泣いていては、国民に示しがつかないと困惑してしまった。


 ソフィーの泣いている原因は、先日16歳になった自分が皇女教育のため明日の朝、惑星センチュリオンに行くことが決まったため、今もこうして泣き崩れた妹を愛おしく思っていたのである。


 そこで、エレオノーラは寂しがりやのソフィーがこうなることを予想していたため、あるプレゼントを用意しておいた。


 ソフィー、顔を上げてこれを見て、そう言うとエレオノーラはポケットから小さな青い宝石のような物を取り出してソフィーの顔の前に差し出した。


「何ですか? お姉様………それは?」


 ソフィーは泣きはらした目で見慣れない青い宝石を見た。


「これはね、フューリアス宝石と言って人の思いを記憶することが出来る不思議な宝石で、こうやって少し人の手で温めると」


 エレオノーラはフューリアス宝石を手で温め始めた。少し手で温めるとやがて宝石が青く輝き始め、光はやがて小さな人型の立体映像となった。


 よく見ると人型に見えたのは目の前にいるエレオノーラだった。その立体映像のエレオノーラが少し動きながら何かを話し始めた。


 ソフィーはフューリアス宝石から聞こえる音声に耳を澄ました。


 フューリアス宝石から現れたエレオノーラは優しい口調で話し始めた。


「ソフィー私は、いつでも貴方のそばにいるからね。寂しい時はこれを見て我慢してね。大好きよ私の愛しいソフィー」


 フューリアス宝石から出てきたエレオノーラはそう言うと消えてしまった。エレオノーラはソフィーの頭を優しく撫でながら言った。


 「寂しい時は宝石を手で温めると、いつでも私が現れるからね、どこにいても寂しくないでしょう」


 エレオノーラはそう言って宝石をソフィーに渡した。ソフィーはまだ泣きたい気持ちはあったが、自分を気遣った姉の優しさが嬉しかった。


 これ以上姉を困らせることはできないと思い渡された宝石を早速温めて立体映像を何度も見ていた。エレオノーラはソフィーの笑顔を見て購入して良かったと安堵した。





 そこでエレオノーラは目が覚めた。


 久々にソフィーに会えたように感じることができ嬉しかったが、目が覚めてやはりソフィーがいない現実を受け止めることが辛かった。


 エレオノーラは辺りを見渡してパルタのストレイシープの中にいる事を思い出していた。


 近くで人工の筋肉や心臓のような臓器が激しく鼓動しているのが見えたかと思うと機械の計器のようなものが乱列していて生物と機械が融合しているのが見えた。


 この船がパルタの本体というのが何となくわかったような気分になった。


 ジークには妹がいて名前はルーシーといことがわかった。ルーシーにもパルタ同様にガスパールというストレイシープがいた。


 どちらの宇宙船に乗るか迷ったが、私もカレンもジークと同じ宇宙船を選んだ。妹のルーシーはそんな私たちをすごく羨ましそうに見ていたが気にしないことにした。


 エレオノーラは先ほどから声がする方が気になって見た。どうやらジークとカレンが何やら話しているようだった。話しているというより口論に近いと思った。


「ここは何処なの? 何のつもり?」


 カレンは今の状況が分からないと言った表情で俺に詰め寄った。


「だから、パルタの宇宙船の中だと言っているだろ!」


「宇宙船? 今宇宙にいるの?」


「お前が着いてきたいと言っただろ!」


 そこでようやくカレンは黙った。


 確かに自分が言い出したと自覚したのだろう。流石に宇宙に行くことになるとは思っていなかったようだ。


 カレンは宇宙船の窓に近づくと小さくなった地球を眺めながらどこに行くの?、と言った。


「インバルト星、エレオノーラの星よ」


 カレンの背後にいたパルタが答えた。


「これから高速時空間移動を開始するから席に着いてもらえる」


 パルタが近くの席を指さしてカレンを誘った。カレンは少し落ち着いた様子でパルタに話しかけた。


「この宇宙船は貴方の物?」


「私の物という表現は適切ではない、私自身という表現が合っている」


 パルタ自身?カレンにはパルタの言っていることが理解できなかった。


「そう、私とガスパールの本体は宇宙船で、貴方の目の前にいるのは仮想現実が生み出した人型の分身と言った表現が正しい」


「仮想現実? 何を言っているの? 実際に貴女に触れることができるし、貴女からも私を触れられる感触もあるのに?」


「それは私が・・・正確にはこの宇宙船、ストレイシープと呼ぶ宇宙船から発生した電磁波で生きている人間の脳に直接幻影が見える様にしているからよ」


 パルタはそう言うと自分の姿を男性にしたり老婆になったりして変身してみせた。


「このように貴方の脳に私という幻影を感知させているのよ」


「し・・・信じられない? だったら、感覚は? 実際に触れることもできるし、触れられる感覚もあるじゃない!」


「感覚も作り出すことができるのよ」


 パルタはゆっくりとカレンに近づき手で頬を撫でた。カレンは大きく息を吐いて深呼吸をした、落ち着きたかったのだろう。そして現実を受け入れる覚悟をしてパルタに確信を聞いた。


「貴方たちは何者? ジークも宇宙船なの?」


「私たちは、エンシェントと言ってこの宇宙を守る使命を持った者、それと……安心してジークとルーシーは宇宙船ではなく生身の人間よ」


 パルタがそう言うとカレンの顔が少し安堵した表情になってパルタが指さした席にやっと着いた。


「なぜ? 地球に来たの?」


「地球である人を護衛するためよ」


 パルタはそこまで言うと全員が席に着いた事を確認して高速時空間移動を開始した。


 宇宙船の窓の外がキラキラと光っていて、まるで光の雲の上を走るヨットの様に思えた。少し振動はしているが喋って舌を噛むことはないだろうと思いカレンは再びパルタに話しかけた。


「ある人って誰のこと?」


 カレンがパルタを見ると彼女は無言で両手を広げていて微動だにしなかった。高速時空間移動とやらに夢中で意識を集中しているようだ。


 カレンが話しかけづらくなっていると思ったので代わりに俺が答えた。


「ある人っていうのは……カレン……君のことだよ」


 俺は少し躊躇しながら答えた。


「私?……なんで?……」


 俺はカレンの方に顔を向けるとこれから言うことは信じられないかもしれないが、どれも真実だと前置きを言った後、信じてもらえるようにゆっくりとこれまでの経緯を話した。



 俺が全てを話し終えるとカレンは下を向いたまま動かなくなった。


 俺は心配でカレンの顔を覗き込むとカレンは泣いていた。


 俺はショックが強すぎた、悪いと謝っているとカレンはそうじゃないと言って泣いている顔をこちらに向けて喋り始めた。


「私ね。八歳から昔の記憶がないのが不思議だったの、でも今の説明を聞いて納得したわ」


 カレンはそう言うとにこりと笑ってでもね、と言ってまた話し始めた。


「八歳より前の記憶が無いと言ったけど感覚だけはあったのよ。今にも消えて無くなりそうになっている私を絶対に守ると……言ってくれた人がいてすごく嬉しかった感覚だけはあるのよ」


 そう言うと俺をじっと見つめてジーク貴方だったのね。そう言うとカレンは席を立って俺に抱きついてきた。


 俺の胸に自分の頭をくっつけながら、私を救ってくれてありがとう、と何度も言いながら泣いていた。


 俺はそんなカレンになんと言って声をかけていいのかわからずカレンからストレイシープの窓に目線を移した。


 その時パルタが着いたみたいと言った。ストレイシープのディスプレイに綺麗な惑星が映った。


「着陸座標は?」


 パルタがエレオノーラに聞いた。どこに着陸するのか聞いているのだろう。


「AZY××××ーGRO○○○でお願いします」


 パルタは了解と言って正面のディスプレイに向いたまま答えた。


 どうやら着陸体制に入ったのだろう。暫くするといきなり警報音が鳴り響いた。


「未確認機に警告します! ここはインバルト星の飛行区域です。今すぐ速やかに撤退しなさい。撤退しない場合生命の保証はありません」


 そう言うとストレイシープのディスプレイにインバルト星の通信士が映った。エレオノーラはすぐにパルタを見て自分をディスプレイに映すようにお願いした。


 パルタは頷くとディスプレイにエレオノーラの顔を映した。


 向こうの通信士は驚いた声で姫様、と言うと姫様が帰ってきたぞー!! とすぐにその他大勢の歓喜の声に変わった。


 エレオノーラが帰ってきたことが、よほど嬉しかったのだろう。ディスプレイには先ほどの通信士から違う人間に変わっていた。


 おそらくその場の中で一番偉い人物だろう。


「姫様よくぞご無事で帰還されました」


 一番偉いであろう人物はそこまで言うと黙ってしまった。エレオノーラは宮殿の発着場に宇宙船を着けることを伝えて通信を切ってもらうようにパルタに伝えた。



 インバルト星は海に覆われた惑星でいくつもの巨大なフロートの上に大地を作り人々が暮らしていた。宮殿はその中の1つのイーストフロートの1角にあった。


 俺たちは到着するとすぐに宮殿の大広間に通された。大広間の正面には大きな椅子があり、椅子には白頭の老人が座っていた。


 老人は俺たちが入ってくるなり立ち上がってこちらに近づいてきた。


「エレオノーラ心配したぞ!!」


 白頭の老人が駆け寄ってきてエレオノーラに抱きついた。


「お父様……ご心配をかけて申し訳ありません」


 父と娘は暫く抱き合った後、こちらを見て声をかけた。


「私はこの国の国王であるエクスマスと申します。娘のエレオノーラを無事に届けていただいて感謝いたします」


 エクスマスはそう言うと俺たちに感謝を示した。俺とエクスマスが話していると二人の男がこちらに近づいてきて話しかけてきた。


「ジーク殿。私はエレオノーラの叔父のグランヴィルと申します。隣のこちらが息子のアリアバートと申します」


 エクスマスは白頭なのに対してグランヴィルと名乗った紳士は黒髪だった。兄弟ということもあり確かに二人とも似ていると思った。


 一方息子のアリアバートの方は黙ってこちらを見ていた。あまり好意的な態度では無いなと思った。


「エレオノーラ! 君は護衛も付けずに何処に行っていたんだい?」


 アリアバートが少し怒った口調でエレオノーラに聞いた。


「心配かけてごめんなさい。ソフィーを捜しに行ったら迷ってしまって、太陽系の辺境の星に着いてしまったの、そこでジークさん達に会って連れてきてもらったの」


 エレオノーラはそこまで言うと他人には気付かれないように俺に目で合図を送った。


 宇宙海賊に捕らえられていたことは黙って、と言うことだろう。余計な心配はかけたくないというエレオノーラなりの気遣いだろう。


 俺がそう思っているとエレオノーラは父親のエクスマスに近寄って俺を指さして紹介した。


「お父様こちらのジークさん達は人探しのエキスパートでいらっしゃるの。そこで妹のソフィーを捜してもらおうと思いますの」


「おお!! エレオノーラを連れて来ていただいた恩人がソフィーまで捜してくれると言うのか、それはありがたい。ぜひ私からもお願いしたい」


 エクスマスは俺の手を両手で包んで懇願した。


「まずは手掛かりを探すためにソフィーが使っていた部屋を見せてもらえるかしら?」


 パルタがエクスマスにそう言うとアリアバートがすかさず割り込んできた。


「ソフィーの部屋に行くといことは、部外者が天空宮に立ち入るといことか!!」


 アリアバートは考えられないといった口調で俺たちに突っかかってきた。


「手がかりが無ければ我々もお嬢さんを探すことは不可能です」


 ガスパールが冷ややかにアリアバートに言った。


「アリア!! 緊急事態だ! 部外者が天空宮に入ることも許可しよう。通して差し上げろ!!」


 アリアバートは父親のグランヴィルに言われ渋々理解を示したようだ。


「そうと決まればジーク殿こちらにどうぞ」


 エクスマス自ら俺たちを天空宮に案内した。

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