第9話 海賊船

 漆黒の闇の中を宇宙船が一艘進んでいる。

 

 進んでいるというよりは漂っていると表現したほうが良いだろうか

 

「まるで深海の中の青い真珠のようだな………」


 宇宙船のコックピットで巨大スクリーンを眺めながら男はそう思った。


  筋肉隆々の大きな体に眼帯姿の男は丸太のような腕を組みながらスクリーンに見入っている。おおよそ堅気には見えないその男は少し苛立った声で通信はまだか?、と仲間と思われる一人に聞いた。


 大男に怒鳴られたと思った仲間の一人は、消え入りそうな声でもうしばらく待ってくださいグフタス様、と言った。


 グフタスと呼ばれた男は仲間の覇気がない声にますます苛立った。


 男は宇宙海賊ウロボロスの一員で数人の部下を従えていた。堅気には見えないのも当然である。


 宇宙海賊ウロボロスといえば数年前までは強大な組織であり、小惑星であれば難なく制服することができる戦力を備えていたため宇宙のならず者の間ではかなり恐れられた存在ではあったのだが、八年前に首領のウロボロスが倒されてからは主力メンバーもいなくなり消滅寸前のところまで来てしまった。それというのもたった一人の小さな男の子に壊滅させられたとあっては当然と思うところもない。


 首領のウロボロスの次に首領の座に就いたのが、ソウという人物で海賊団の誰もその姿を見たことがない。男か?女か?性別すら解らない謎の人物である。


 グフタスが海賊団に入ることになった理由はウロボロスなる人物がいたからで海賊団の初代メンバーでもある。最初のうちはウロボロスとグフタスを含めた数人の人物から、銀河の中でも五本の指に入る戦闘集団にのし上がっただけにウロボロス亡き今となっては、いつでもやめる覚悟はできているのである。


 しかも最近の任務がおおよそ宇宙海賊らしからぬ汚い仕事ばかりなので、余計である。


 グフタス個人としては、強盗や戦闘などについては躊躇なく行えるものの、最近は誘拐や強請などこれまで銀河最大の宇宙海賊団らしからぬ仕事ばかり行っているので、なおさらである。


 昨日もどこかの星の姫を誘拐しようと逃げる宇宙船を追い回しているうちに遠くの銀河の端にきて偶然一つの星を発見したのである。

 



宇宙に端という概念はないのだが銀河系からかなり離れた宇宙でそれは現れた。


 本来このような場所まで航行する宇宙船は皆無なので本当にたまたま発見できたといったほうが良いだろう。


 本来の目的である姫の捕獲は一緒に連れてきたグレンという賞金稼ぎに任せっきりだった。グフタスには関心がなかった。グレンという男は組織の上層部が連れてきただけあって、ある特殊能力が使えた。初めてその男の能力を見たグフタスはあまり興味のない能力であったが、要人の誘拐にはもってこいの能力だと少し関心した自分が恥ずかしくなった。


「それにしても通信が遅いのが気になるな」


 不意に後ろから声がしたので振り返ると声の主は賞金稼ぎのグレンだった。


「そちらの仕事は終わったのか?」


 グフタスが機嫌悪そうに聞くとグレンは長い髪をかき上げてきざっぽく答えた。


「今頃姫さんは地下の倉庫にいるよ」


 こいつのこういうところは理解できんな、そんなことを思いつつグフタスは視野をスクリーンに戻した。


「最後の連絡はいつだ?」


「到着してすぐと店を襲撃しているときに連絡が来た後、約一日以上経過している。」


 最後の連絡は店を襲撃している最中に映像が途切れてしまったままになっていた。この星が太陽系の第三惑星で名前は……


 グフタスは通信記録を確かめて「地球」といった。


 しかし丸一日経過しても探査チームから定時連絡も何もない事実はグフタスたちを不安にさせた。


 グフタスたち海賊団が未開拓の惑星にこだわるのは単純に金になるのである。今グフタスが乗っている宇宙船にしてもかなりガタが来ている年代物の宇宙船であるが、エンジン一つをとっても未開拓惑星であれば最先端以上の発明であり、交渉すれば一生遊んで暮らせるほどの鉱石や資源と交換できるのである。それだけに探査チームの返信を一日千秋の気持ちで待つグフタスの心情も理解できるものである。


「なぜ連絡を寄越さない? まさか地球人に捕まっているのではないか?」


「まさか! バトルモービルを持ち込んでいるのだぞ!!」


 最新の装備を備えた軍隊でもあれを破壊できる軍隊は数える程度しかいないはずだ。グフタスが第二の探査チームを送るかどうか迷っているうちに部下から連絡が入った。


「グフタス様、探査チームの船がこちらに帰って来ます。」


「なに!」


 グフタスがスクリーンを見ると確かに地球からこちらに探査チームの船が帰ってくるのが見えた。


 しばらくして探査チームから通信が入った。


「こちら探査チーム母船どうぞ」


「こちらグフタスだ」


「グフタス様定時連絡できずに申し訳ありません」


「何か問題でも起こったのか?」


「………………」 


 なぜかここで通信が帰ってこなくなった。


 グフタスは何回か探査チームを呼び出してみたがなぜか通信が途絶えていたのが気になった。しばらくして探査チームの船が母船の前に来た時にようやく探査機から通信が来た。


「グフタス様……通信機の調子が悪いみたいで………かなりの収穫がありましたので、楽しみにしてください。」


 収穫という言葉を聞いてグフタスは安心した。定時連絡もなしに帰ってきたのは何か重要な収穫があったに違いない。しかしこの後グフタスは自分の甘さを後悔することになった。




「ぐぅうう………」


 不意にうめき声が聞こえてきたので、グフタスが振り返ると探査チームの一人がボロボロになって倒れているのが見えた。


 グフタスがさらにびっくりしたのがその隣に立っている男の姿だった。


 その男の年齢は二十歳にも満たない十代の若者のように見えた。

 

「何者だ〜!」


 グレンが悲鳴のような声で立っている男に聞いた。


 その男はいつからそこにいたのかわかないが、若い割には落ち着き払った声で言った。


「悪いがこのまま何もなかったことにして帰ってくれないか? そのほうがお互いのためになる」


「貴様一体何者だ?!!」


 グレンが悲鳴のような声で聴いた。


 グフタスは咄嗟に腰にぶら下げていたレーザーガンを手に取ると謎の侵入者に向けて放った。宇宙船の中にレーザーの線が光ったが、二人の侵入者は避けもせず弾き返した。二人の周りに強力なバリアがあり何度レーザーを放っても弾き返されてしまった。


(どういうことだ?)


 グフタスは目の前の状況に困惑した。


「時空間バリア………」


 グレンが独り言のように呟いた。


「うおお………」


 グフタスはレーザーガンを放り投げて二人に殴りかかった。


「止せ………」


 グレンがグフタスに呼びかけたと同時にグフタスの巨体が宙に舞い上がリそのまま頭が司令室の機器にめり込んだ。


「ぐうーー。」


 グフタスは頭をさすりながらヨロヨロと立ち上がった。並の人間であれば立ち上がることも不可能であっただろう。


 グレンは立ち上がったグフタスに近づき小声で相手が悪い………逃げよう、と言った。


「どうやってここから逃げる?」


 グフタスは頭をさする手を右手に変えようとしているが感覚がないことに気がついた。おそらく全身の至る所の骨が折れているのであろう、立っているのが不思議だと我ながら自分の体の丈夫さに改めて感心した。


「俺に考えがある。」


 そう言うとグレンは司令室のコンピューターに何かを打ち込んだ。途端に警報が鳴り響いた。


 『DANGER危険–––––DANGER危険–––––この機体は、まもなく爆発します』


 コンピューターの声が宇宙船全体に鳴り響いた。


「どうするつもりだ貴様………」


 グフタスはグレンの襟首を掴むと自分の顔に近づけて凄んでいたと思ったら同時に二人の姿が消えてしまった。


「あれ?…消えちゃった?…」


 俺は先程まで二人のいた場所を見つめて言った。


「空間移動したみたいね。あのグレンとか言う奴の能力みたい」


 パルタは冷静に言った。二人以外の海賊はしばらく呆けていたが状況を飲み込むと一目散に脱出ポットに向かってしまった。


「あとどれぐらいもつ?」


「三分ほどで爆発するわ。」


「俺たちも早くここから脱出しないとな」


「待って––––、下の部屋から生体反応があるわ」


「奴らの仲間の一人じゃないのか?」


「入り口にロックがかかっているから閉じ込められているみたい」


「そうか……とりあえず確認しよう」


 そう言うと二人は足早に司令室を後にして下の部屋に向かった。パルタが言うように部屋の入り口にはロックがかかっていたがパルタが触れると静かに扉が開いた。部屋の中には二人と同い年くらいの一人の少女がいた。


「誰?——」


 少女はひどく怯えた様子でこちらに問いかけた。


「私の名前はパルタそっちの男はジーク、私たちは味方よ」


 味方と聞いて少女はホッとしたのだろう顔が安堵した表情になった。


「君は奴らの仲間?」


「違うわ……私の名前はエレオノーラ、彼らに拉致された被害者よ」


 ジークはパルタの方を見てどうだ?と聞いた。


「反応は異常なし、嘘は言っていないわ」


 俺は少女に向かって


「この船はもうすぐ爆発するから脱出するぞ!」


 俺はそう言うとエレオノーラの手を掴んだ。




 宇宙船に警報音が鳴り響いている中、グレンはボロボロになったグフタスを担いで脱出ポットにようやく辿り着いた。瞬間移動した後は全身が倦怠感に襲われて、今にも倒れそうな状態なのに大男を背負っている自分が哀れに思えた。グフタスを担いで脱出ポットに着いた頃にはかなりの時間が経っていたため、全ての乗組員が脱出ポットに搭乗していた。


 海賊家業において敵前逃亡は重要な生き残る要素の一つである。ウロボロス海賊団も昔の栄光は無くともそこだけは一流だなとグレンは感心した。グレンは脱出ポットに乗り込むと機器を起動させすぐさま宇宙船から脱出した。徐々に遠くなる宇宙船を眺めていると後ろからグフタスが大声で怒鳴りつけてきた。


「どう言うことだグレン」


 グフタスはそう言うとグレンの襟首を掴んで自分の顔に近づけてきた。


「これがお前の作戦というやつか?」


「そうだあの船には脱出船が俺達が乗っているこの一隻しかない。何処にも逃げられない侵入者どもは宇宙船もろとも爆発して死んでしまうだろう」


 グレンが凄んだ。


「人質はどうする? このままでは攫った人質も死んでしまうではないか?」


 グフタスが真っ当なことを言うとグレンは


「最初から人質の生死は問わないと言われていたので問題はない。殺す手間が省けて結構なことだ!!」


 グレンが再び凄んで見せた。グフタスはなおも腑に落ちない態度をしていたが、あの状況ではグレンの作戦がベストとまではいかないものの、功を奏したことは間違いなさそうである。


 グレンは米粒ほどに小さくなった宇宙船を眺めながら拉致した少女を思った。


(まあ。あの二人がいるのならば少女は問題ないだろう)


(それにしてもあの二人が………)


 しばらくすると遠くに離れた宇宙船が爆発するのが見えた。

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