4話 夜襲

夜襲 -1-

 王宮の宿泊棟は、上空から見ると「ロ」の形をしている。

 中央は広場になっていて、中心に大きな噴水が置かれ、近くにはテーブルと椅子が並ぶ。時折、ここで食事をする住人もいるそうだ。

 その広場を囲うように、居住スペースが建てられている。

 五階建てであり、1フロアに部屋は30。部屋の広さもそこそこあり、一つの部屋に6名は泊まれる。

 そんな部屋を、王宮側からの配慮で1人1部屋与えられるという厚遇を受けたPチームだったが、話し合いの末、リンγガンマの2名のみが同じ部屋に泊まることになった。

 その部屋で林は、備え付けの立派な一人座りの椅子に、γを縄で括り付けていた。

「……これさ、もしかしなくても誰かに見られたら、絶対わたし軽蔑されるよね」

「申し訳ありません。しかし、ワタシのために林様の休息をおろそかにするわけにはいかないため……」

 まあそうだけどさ、と林が苦い顔で言った。

「わたしが一晩、ガンマちゃんを抱きしめたまま寝るのじゃだめかな?」

「恐れながら、人は睡眠状態になると脱力するため、ワタシ一機を押さえておくには確実な方法ではないと判断します」

定藤サダフジさんだったらワンチャンあったか……いや、絵的にアウトか」

 林はγを縛り終えると、息をついて、室内をキョロキョロと見た。

「お……」

 林は壁掛けのランプを見つけた。中で、赤い火が揺らめいている。

 林はそれに近付き、おもむろに火を消してみた。

「…………」

 シュボッ。メラッ。林の右手に火のリングが現れ、髪がマゼンタに染まる。そして林は、人差し指をランプに向ける。

 指先から小さな火が飛び出し、ランプに当たる。

 火は再び灯り、室内が暖かな光で照らされた。

「……林様。何をされているのですか」

「え? あ……いや」

 林は慌てて火のリングを消し、髪の色も元通りになった。

「あはははは……いやちょっとね。この能力が具体的にどれくらい抑えられるかを確かめときたくて……」

 林は取り繕ったような笑顔でγに言った。

 γが、訝し気な目を林に向ける。

「恐れながら、その確認は今この部屋で行うには、少しばかりリスクが高いと思われますが」

「いや……そう言われたら……そうだね、あはは……」

「……林様」

 γが落ち着いた口調で言った。

「先程から、『何か』を案じているように見受けられます。クリフレイシ様の話を受けた時から。どうかされましたか」

 γの質問に、林の心臓が鳴った。

 身体に熱を覚え、ジワリ、とした汗の感触がする。

 それが精神的なストレスを感じているためだと、林は経験上分かっている。

「……別に! 何も案じてないよ!」

 林は、出来る限りの笑顔をγに向けた。

 作り笑いなど、γには通じない──それを分かっていながらも。

「ですが林様……」

「疲れてるんだよきっと」

 林がγの言葉を無理矢理遮る。

「この世界に来る前も来てからも色々あったからね……舟の上でも寝ちゃったし」

 林は、部屋に備え付けてあるベッドの一つに飛び乗った。

「もう夜だ。他の皆も、今頃寝てるはずだよ。一晩眠って……朝になれば、調子も良くなる」

 林は布団を被り、椅子の上のγに微笑みかけた。

「おやすみ、ガンマちゃん。また明日もよろしくね」

「……お休みなさいませ、林様」

 γは目を瞑り、林に頭を下げて応じた。

 部屋の明かりの火が消えた。



「ほう……宿所と聞いたが、槍も剣も豊富にあるではないか」

 林がベッドに飛び乗った頃、定藤は一階の廊下を数名の兵士と共に歩いていた。

 廊下の壁には、剣、槍、弓、盾などの装備が、一式飾られている。

 王宮内に敵が侵入した際に、すぐ撃退や防衛が出来るようにするための備えだと、兵士の一人が定藤に説明した。

「あの城壁を超えていくような輩はそうそうおらぬだろうが……これほどの武具があらば、夜も安心して眠れるというものじゃのう」

「恐縮です」

 兵士達が礼儀正しく頭を下げた。

 彼らは、勇士様に何かあったら一大事と、ホーシュに半ば無理矢理付けられた若い兵士だ。

 定藤は自分が泊まる部屋にはすぐに行かず、とりあえずその兵士達と共に、建物内の設備を見て回っている。

「ところで」定藤が壁に掛けられた弓に触れながら言った。「この国には、鉄砲の備えはないのか? ウミニーナ殿に付き従っておった者達も、持っていたものはせいぜい弓矢くらいだったが」

「テッポー……?」

 兵士達は皆目を丸くし、その内の一人が定藤に尋ねた。

「それは如何なる武器でございますか?」

「なに? 鉄砲を知らぬのか?」

 定藤は兵士達の方を向いて、眉を吊り上げた。

 兵士達は誰も答えず、その反応を見て、定藤はうーむと唸りながら髭を弄った。

「おぬし達の背格好、建物の様式から、ここは南蛮国に近いと思うていたが……鉄砲は無いのか。さすれば、大筒もないな」

 独り言のように呟きながら、定藤は少しずつ不安を覚えていた。

 わずかな兵数で、数に勝る敵に打ち勝った戦は、これまでにも数回あった。

 しかしそれは、鉄砲をはじめとした装備に優れ、またほとんどが籠城戦などの地理的に優位だったが故の戦果である。

 今回は、敵の本拠にこちらから攻め寄せる戦で、鉄砲は無く、兵数は100──。

 この先、どんな敵が現れるかは分からない。しかしいずれにせよ、厳しい遠征になるだろうということを、定藤は今までの経験から覚悟した。

 ……それでも、林を積極的に戦わせるつもりは、毛頭ない。

「あの……勇士様」

 兵士の一人に話し掛けられ、定藤は顔を上げた。

「ん? なんじゃ?」

「それで、テッポーとは一体どんな武器でしょう? ……今後のために、教えていただけないでしょうか!」

 期待の眼差しで自分を見る兵士達に、定藤はニィと微笑み掛けた。

「よかろう。鉄砲とは鉛の玉を高速で放つ武器で、それには火薬を……」



 ドサッ、と重い音を立てて、数冊の分厚い本が床に置かれた。

「……とりあえず、持ち出せるものはこれで全部です」

 兵士が額の汗を拭いながら言った。

「うん。ありがとう」

 部屋の椅子に腰掛け、一冊の本に目を通しながら、ウォールが応えた。

 ウォールに当てられた部屋は、二階の一室だ。

 今、その部屋の中は、何冊もの本で埋め尽くされていた。

 ウォールが護衛の兵士に頼み、王宮の書庫から運んできてもらったものだ。

 床はもちろん、机の上にも本は山積みにされていて、ベッドの上にも浸食されている。その光景を見た兵士は、ウォールに心配そうに尋ねた。

「あの……勇士様。これほどの書物を、いったいどうなさるおつもりですか?」

「いや、この国の諸々の記録について、一度目を通しておきたくてね」

 本のページをめくりながら、ウォールは応える。

「それにしても……言語自動翻訳とは改めてすごい能力だ。明らかに初めて見る形の文字だというのに、ちゃんと自分の知る言語として読むことができる……」

「はぁ……」

 ウォールの独り言に首を傾げながら、兵士がウォールに言う。

「しかし勇士様……魔王討伐の旅は、過酷なものとなります。これほどの本を抱えて移動するのは、いささか……」

「うん? 別にこの本を持ち出すつもりはないよ」

「は? しかし近日中には出発を……」

 ウォールが本から顔を離し、兵士に微笑した。

「これくらいの数なら、一晩あれば読破できる」

 兵士が目を丸くした。

「この数を一晩で!?」

「……いや、確かに、それもどうかな」

 ウォールは持っていた本をたたみ、机の上に置いた。

「せっかく自分の意思で、自分が読みたい本を読める機会が来たのに……さっさと読み進めてしまうのは、本に失礼かもしれない」

 困惑する兵士を余所に、ウォールは新しい本を手に取った。

「今日は楽しい夜だ……今までで一番」



 同じ二階の、違う部屋。

 ニコラスは、備え付けのベッドに突っ伏していた。

 部屋に辿り着いてすぐ、ニコラスは強烈な疲労感と睡魔に襲われた。そして吸い込まれるように、ニコラスはベッドに倒れ込んだ。

 ベッドは固すぎず柔らかすぎず、シーツも清潔で、かなり心地の良い眠りが期待できる逸品だ。

 しかし、ベッドに倒れてから数十分経っても、ニコラスはまだ眠りに就こうとしなかった。

 色々な考えが、彼の頭の中をグルグルと巡っていたからだ。

「……また、戦争に行くのか」

 実際に言葉として発せられたか定かでないが、ニコラスはそう呟いた。

 何故、自分は戦争に行くのだろう。

 運が悪いのか。周りの人間が悪いのか。それとも、これといった決断力も、決断する権利もない、自分が最も悪いのか。

 どれだけ逃げたところで、戦場で無惨に死んでいくことが、自分に定められた運命なのだろうか。

「……ウィロー中尉」

 返事を出すはずもない相手に、ニコラスは尋ねた。

「俺のご先祖様は、ポーカーで勝ちすぎたんですか」

 その独り言を最後に、ニコラスは黙った。

 しばらくして、静かな寝息が、ベッドから聴こえてきた。


 夜は更けていった。



 クライゼル・シュネッケの、城壁の外。

 暗い湖の中を、何か複数のものが蠢いていた。

 魚ではない。それらにはヒレも尾もなく、シルエットだけなら、生物のようには到底見えない。

 しかし、それらは確かに移動している。向かっている先は、クライゼル・シュネッケだ。

 それらは水中で城壁にぶち当たると、打ち合わせていたかのように、城壁をゆっくりと上り始めた。

 月明かりがそれらを照らし出す。それらは、一個一個形の違う「石」だった。

 見張りの兵士は、まさか石が城壁を上っているとは思わない。石達は、一個、また一個と順番に城壁を進み、やがて城壁を乗り越える石が出てきた。それに続き、何個もの石が、城壁の中へと落下していく。


 数十分後──湖の中に蠢いていたものは、そっくり、クライゼル・シュネッケへの侵入を完了した。

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