王国 -5-
広大な王の間で、玉座に座るクリフレイシは、勇士達に語り続ける。
「……余は、百年続いた平和を甘受していただけの、怠け者だ。突如現れた外敵にただ兵を失い、町を失い、『大切な者』を奪われた……そしてついには、無関係である、そなた達の力を借りるまでになってしまった……余は、主君失格なのだ」
「……!」
「そんなことはありません父上っ!」
ウミニーナが一歩前に出て叫んだ。
「この地に根付く人間と魔物との確執に決着を付け、魔物と共存する国を作られたのは他でもない! 父上です……! 父上が居たから、アバロニアに住む民はここ何十年も魔物に怯えることなく暮らすことができたのです!」
「……それも、今となっては過去のものだ。そうなってしまった……」
クリフレイシは額に手を当て、またしばらく黙り込んだ。
ふぅ、と息を一つ吐き、クリフレイシは定藤を見た。
「……本題に入ろう。そなた達勇士に、アバロニア王国が願いたいことは、具体的に二つある」
「二つ?」
ウォールが言った。
「一つは、ウミニーナからも聞いたであろう、魔王討伐に協力してもらうことだ。突如この世界に現れ、魔物を操り、この国を破滅に導かんとする元凶……この者を排除せぬ限り、この国に安寧は訪れない」
クリフレイシは、拳をギュウ、と握り締めた。
定藤がクリフレイシに尋ねる。
「その魔王とやらの討伐でございまするが……具体的に如何に攻めるのか? 某達は何をすべきなのか? それを教えていただけまするか」
「まず一つ。魔王がどこにいるかは、把握している」
クリフレイシが答えた。
「ここより北に百里進んだ先に、昔、防衛拠点に使っていた城壁がある。魔王はそこを根城にしておる。その城にも名はあったが、今は便宜上『魔王城』と呼んでいる」
「どうしてそれが分かったのですか?」
ウォールが聞くと、クリフレイシは口を
「……魔物の被害が出だした頃、アバロニア王国中を大々的に調査しました。その時たまたま、騎士団の主力部隊が魔王城に辿り着いてしまった……部隊は壊滅しましたが、生き残りが一人だけ戻ってきました。その際、魔王の存在と共に知ったのです」
「……そうでしたか」
ウォールが頷くと、クリフレイシが話を再開した。
「魔王城へは、最短のルートがある。途中、防備のしっかりとした町も点在し、物資の補給もできる。そなた達勇士5人は、兵100名を連れて、このルートを進行してもらいたい」
「……100名、でございまするか」
定藤が低い声で言った。
クリフレイシが「少なかろう」と定藤に頭を下げた。
「出来るだけの精鋭を組織するが、魔物はどこからでも現れ出る……このクライゼル・シュネッケの防衛と、今も襲撃に遭っている町への援軍も加味すると、100名が限界なのだ」
「……致し方ありませぬ。我々にも、武具や鎧を支給していただけますかな?」
「当然である」
「なれば結構!」定藤が胸を拳でドンと叩いた。「いざとならば、この定藤一人で兵十人分の働きをすればよきこと!」
「文字通りな……」
ニコラスが小さく呟いた。
クリフレイシが続ける。
「進軍の詳しい話は、後ほどそこのホーシュらと共に詰めてもらうとして……もう一つの願いについて話そう……この願いは、第一の願いよりも優先してもらいたい任務である」
「魔王討伐よりも?」
クリフレイシは言葉を切り、一度咳払いをした。
「……第二の願いは、先程ホーシュの話に出てきた、騎士団の主力部隊……それを率いていた騎士団長である、リンボウを救出してもらいたいことだ」
「騎士団長?」ウォールが言った。「主力部隊と言うと、魔王城に辿り着いた人達とのことでしたが、そのリンボウという人は生きているのですか?」
「戻って来た者の話が確かなら、そうです」
ホーシュが答えた。
「リンボウ様は魔王軍に敗れた後……生きたまま、魔王城に囚われていると……クッ」
ホーシュが歯軋りした。
クリフレイシが続ける。
「魔王を討つのが難しくなった場合も、この任務を果たせたならば、一度クライゼル・シュネッケに戻ってきてほしい。とにかく、リンボウの身の安全を、第一の目的と捉えてもらいたい」
「捕虜の救出ですか……あるいは、魔王の首を獲るよりも難しい任務かもしれませぬな」
そこで定藤がふふ、と笑みを作った。
「しかし……そのリンボウという男も果報者ですな。クリフレイシ殿のような主から、その命を第一に考えられているとは」
定藤の言葉に、クリフレイシはグッと顔をしかめた。
「……リンボウは、男ではない」
「ほ……?」
定藤がポカンと口を開けた。
「……?」
林は、ウミニーナの表情が先程よりも一層暗くなっていることに気付いた。
リンボウ、という名前が出てきたあたりからだ。
男ではないと言うからには、リンボウという人物は女性の兵士なのだろう。
ウミニーナの友達なのだろうか?
林がそう考えていると、クリフレイシが続きを言った。
「リンボウは、余の妻だ」
「……え?」
林が声を漏らした。クリフレイシはさらに続ける。
「余の妻であり、つまりは、そこにいるウミニーナの母でもある」
「……なんと」
定藤が息を飲んだ。
ウミニーナが身体を震わせる。その目には、涙が浮かんでいる。
ニコラス、ウォール、
「…………」
ただ一人。林だけが、他の者とは違う種類の動揺を抱えていた。
林の動揺を余所に、クリフレイシが特徴的なよく通る声で告げた。
「頼む……我が妻を──ウミニーナの『母親』を、その手で助け出してくれ……!」
林の心臓が、大きく鳴った。
首府クライゼル・シュネッケから、遥か北の果て──
陽の光が一切入って来ない、暗い、ジメッとした牢屋。
照明用の火すら灯されてなく、冷たい石畳の感触を、直に肌で感じる空間。
そこに、手足を鎖で繋がれた、一人の女性が居た。
本来であれば美しい輝きを持つであろう長い金髪は汚泥にまみれ、鎧や服もズタズタに損傷している。
女性は全身傷だらけでありながら、その
コツ、コツ、と何者かが、女性の下に近付く音が聴こえた。女性は身体を動かすのを止め、鉄格子の外に目をやった。
「──ご気分は如何ですか? 騎士団長、リンボウ殿」
牢屋の前に立った者が、そんな言葉を発した。
そいつは一見、若い人間の男のような顔をしているが、肌の色は赤く、頭からは髪の毛の代わりに何本もの触手が蠢いている。
格好も奇妙だ。上半身は黒いスーツのような物を着ているが、下半身は細い骨組みに黒い膜が貼られているスカートのようなものを履き、頭には陶器の壺のような被り物をしている。
「……外道が……一体何の用だ……」
鎖に繋がれた女性──リンボウは、牢屋の前に立つ者を睨みつけた。
「おっとっと、これは恐ろしい」赤い者が軽い口調で言った。「さすがは幼き頃から武術を学び、庶民の出でありながらアバロニア王国の騎士団長まで上り詰めた御仁。何ヶ月も牢に居るというのに、御気性がまるで衰えませんね。これは手強い」
「ならば……! なぜ私をさっさと殺さない!」枯れた声でリンボウが叫ぶ。「私を恐ろしいとのたまうのなら……弱った私を生かしておく道理はないだろう……!」
「そうも行きません」
赤い者が笑いながらリンボウに応える。
「貴方という御仁はアバロニア王国の重要人物だ。生きて、こうして繋いでいる限り、人間共は貴方を助けようとするでしょう。助けようとするならば、我ら魔王軍との激突は必至。そうしていく内に、数にも力にも劣る人間は次々と倒れていく」
リンボウが目を見開く。
「貴様らは……! 我ら人間を滅ぼすつもりか!?」
「ふふ、いずれはそうなるかもしれませんね」
赤い者が意地悪そうに微笑む。
「しかし、我らが魔王様の望んでいることは、この戦いの世が続くことのようです。我らが暴れれば暴れるほど、それが己の糧になると……ふふふ、よく分からない御方です」
「それは貴様らも同じだ……!」
リンボウが赤い者を睨みつける。
「ふふふ、怒るのは結構ですが、この前みたいに舌を噛んで自殺をするような真似は無駄なので止めるべきですね。魔王様が貴方に利用価値があると見出している限りは、『再生』されるだけです。痛みは少ない方がいい」
「いいか……お前たちは決して楽には死なせない……地獄がマシだと思えるほどの苦しみを与えて殺してやる……!!」
「ふっふっふっ怖い怖い」
赤い者はひとしきり笑うと、リンボウに背を向けた。
「ああそうだ、
赤い者は、思い出したように指を一本立てて言った。
「貴方の娘の……えーと……そうだ。ウミニーナさんが、異世界から勇士を呼び寄せたそうですよ」
「……勇士だと」リンボウがハッと鼻で笑う。「馬鹿な。あれは流れの者が言った戯言にすぎない。ウミニーナにもそう教えて……」
「しかし実際に勇士は現れた」赤い者がリンボウの言葉を遮った。「しかも勇士は複数人いるようで、一人は『森人』を何人も斬り殺し、一人は『水練』を手から出す火炎で葬ったそうです」
「なに……」
「ここで貴方に嘘を言うメリットこそ、我々にはありませんよ?」
赤い者は顔だけを牢に向けた。
「ま、退屈していたこのミノークにとっては、とてもワクワクさせる話です。しかし残念なお知らせもある」
赤い者……ミノークは、わざとらしく眉を下げた。
「その知らせは、クライゼル・シュネッケ近くに潜伏する、魔王四天王のグランキオにも届いているということです」
「!? 首府の近くにだと!?」
リンボウが立ち上がろうとしたが、鎖に引っ張られ、上半身を床に叩きつけてしまう。
「奴は四天王の中では大したことありませんが、人間には分の悪い相手。勇士とて勝つのは難しいでしょう」
コツ、コツ、と足音を立てながら、ミノークは牢屋から離れていく。
「しかし、私は勇士達を応援しますよ? 彼らがグランキオを倒し、いずれはこの四天王最強のミノークの前に現れてくれれば、私の退屈も少しは晴れますからな」
ふーっふっふっふという笑い声と共に、ミノークはその空間から姿を消した。
後には、鎖に繋がれ、牢屋の床に這いつくばるリンボウのみが残されている。
リンボウは歯を食いしばり、泥で汚れた顔を上げながら、祈るように呟いた。
「……ウミニーナ……あなただけは……あなただけは……」
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